凄惨な一日。

 2022年7月8日午前11時半頃、奈良市西大寺東町の近鉄大和西大寺駅前の路上で、投票日まで3日を控えた参議院選挙戦の最中、街頭演説中だった自由民主党の安倍・元首相(67)は、41歳の男の銃撃を受け、搬送先の奈良県立医科大学付属病院(橿原市)で午後5時3分死去した。
 奈良市在住の山上容疑者は、以前から阿部氏を殺害する機会を狙っていた。自分で爆発物や銃や弾丸を製作し、準備を整えていた計画的な犯行で、前日の夜にも安倍氏が演説を行っていた岡山市の個人演説会会場の市民会館を訪れていた。
 しかも、同氏は他の予定があったが、奈良市の遊説は事件前日の7日夕に急遽決まった。事前に予定を察知した容疑者は現場に10時頃に到着し、下見をしたようだ。演台に立った阿部氏が演説を始めて1分後、突如2発の銃声が上がった。
 その瞬間同氏は崩れ、即死した。この惨劇は大勢の公衆の面前で起き、すぐに3、4人のセキュリティポリス(SP)が容疑者を取り押さえたが、同氏の背部はがら空きで10人以上もいた警備員やSPは主に前方の聴衆に注意を払っていた。奈良県警察は警備の甘さを指摘され、大きな批判を浴びることになった。
 1分後の31分消防局に第一報が入った。本部は「救急指令 加害事故 奈良消86出動せよ」と発令し、35分「高齢男性拳銃で撃たれ、現在CPA(心肺停止)状態と思われます」と発信した。少なくとも5、6台の救急車、消防車などが出動したようだ。37分奈良消22は現着と報告し、「サンワシティー前、自民党の参議院候補の演説会場です」と連絡した。
 40分本部は「本件ドクターヘリ出動させます。ドクターヘリ出動させます。平城宮跡到着46分到着予定です」と発信した。同43分現場は「救急車内に収容しました」と連絡し、45分奈良消86は直線で700m離れた合流地点に向けて走った。
 搬送先の決定に少し時間を取ったようで、0時13分ドクターヘリは奈良県立医科大学附属病院に向けて飛び立った。騒然とした中で搬送された同氏は、救急車とドクターヘリで県立医科大学付属病院に12時20分着いた。
 治療を担当した同大学の救急医学の福島教授は、同日午後6時15分からの記者会見で、「救命センターに搬送され、病院到着時は心肺停止状態。蘇生処置をいたしましたが残念ながら5時3分、お亡くなりになりました。頸部に2か所の銃創があり、心臓および大血
管の損傷による心肺停止と考えられました。止血術、輸血を行ないましたけれども、残念ながらという結果になった」と説明した。心臓の壁にも大きな穴が開いていたが、首の1カ所の傷については、銃弾によるものかは分からないと質問に答えた。
 救急科の外来処置室で当初は10人以上、最終的には20人以上の体制で対応にあたった。蘇生的開胸術を敢行し、左肩に射出口と思われる傷が1カ所あったが、銃弾は発見されなかった。「背後から襲われたようだが」と問われた同教授は、「一応場所が前であって、どういう方法で入ったのかは…。別方向からかもしれません。ただ傷は前にあった」と説明した。
 奈良県警は同病院で同日午後10時40分から6時間半にわたった司法解剖の結果を9日に発表した。左上腕と首に銃弾が1発ずつ入った痕が確認され、このほか首に別の傷があったが、銃弾によるものかはわからない。死因は「左上腕部射創による左右鎖骨下動脈損傷にもとづく失血死」と説明した。臨床と解剖の所見が一部相違しているように思われるが、診る対象が異なり、それぞれが見解である。
 テレビの画面は阿部氏の後方にいた容疑者が発砲する光景をとらえた。7~8mの距離
で狙い撃ちをした様子はなかったが、銃を構えて近づきながらの発砲は、ゴルゴ13のような急所を外さないプロの狙撃で、1回の射撃で6発と言われる散弾は安倍氏以外の人には命中しなかった。
 後頸部と背部に傷口はなく、前方から銃撃を受けたとしか考えられなかった。しかし、演説中の同氏は、上方へ少し外れた1回目の銃声の後、左回りに振り返った。そこへ2回目の銃弾が左上腕部に命中し、これが致命傷になった。通常では考え難いが、左上腕部から入った弾丸はそこから胸腔内に侵入し、左右の鎖骨下動脈を損傷し、心臓にも大きな穴を開けた可能性が推察される。
 犯行の動機は容疑者の母親が統一教会(現在 世界平和統一家庭連合)に入会し、多額の献金をし、家庭が破綻したことにあった。教会と三代にわたって深い関係があった安倍氏がその的になった。普通ではあり得ない3、4点の偶然と偶然が重なって、あってはならない死を引き起こした。
 これが30年間の怨念の正体かもしれない。

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