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あの頃子供だった私達がいま「モーレツオトナ帝国の逆襲」を見るべき理由

私は今年で24歳になる。同世代はほとんどが大学を卒業して就職し、周りに結婚する人も増えた。

そんなときに見た、先輩のFacebookでの結婚報告に少し驚いた。

つい数年前まで無限であると思われた将来が就職・結婚を経て定まっていくことに一抹の寂しさを覚えつつも、自分と一緒にいてくれる人のいるありがたさを感じます。

おめでたい投稿には少し不釣り合いにも思える「寂しさ」という表現だったが、私はとても素敵で正直な文章だと思った。 

そして「クレヨンしんちゃん モーレツオトナ帝国の逆襲」を思い出した。

子供向けのアニメながら、そのテーマの深さに映画として高い評価を受けている本作品は、私と同世代の人たちに今こそモーレツに見てほしい映画だ。

あらすじ紹介

見たことがある人も多いとは思うが、あらすじをざっくり紹介しておく。

春日部に「20世紀博」というエンタメ施設ができる。その中では、昔懐かしいおもちゃで遊べたり、小さい頃に憧れていたヒーローになれるスタジオがあったりと、大人たちが夢中になるアトラクションが盛りだくさん。
そのうち大人たちは子供そっちのけで遊ぶようになり、現実の町でも古いファッションや車が流行し始める。

そんなある日「20世紀博」からのお迎えの合図とともに、大人たちが全員おかしくなってしまった。まるで幼稚園児のような言動をし、自分の子供たちを置いて「20世紀博」に行ってしまう…

不穏な空気を感じたかすかべ防衛隊は、「20世紀博」に立ち向かい、「イエスタディ・ワンスモア」という団体が、“20世紀への逆戻り”を企てていることを知る。
なんと彼らは「20世紀の匂い」を使って、日本中を20世紀に戻そうとしていた…

なぜ今見てほしいのか

この映画が公開されたのは2001年で、私は6歳だった。
あの時の私は5歳のしんちゃんとほぼ同じ年で、彼らの目線でこの映画を見ていた。大人たちがおかしくなってしまうのも、自分たちを置いて「20世紀博」に行ってしまうのも心底怖かったし、かすかべ防衛隊の「懐かしさってそんなに良いものなのかなぁ」「大人にならないとわからないんじゃない?」というセリフに共感した。
でも、今は“大人”としての目線でこの映画を見ることができる。必ずあの時とは違う感情が生まれると思う。

また、令和という新しい時代を迎える上でもこの映画は面白い。
テレビをつければ平成のヒットソングが流れ、「平成っていい時代だったね」なんて会話も聞こえる。みんなが、なんとなく平成が去っていくことに寂しさを覚える今には、この映画とリンクする部分がある。

こんな不愉快な映画は初めて見た?

実際に映画の内容について踏み込んでいきたい。ここからはネタバレ(?)になるような話もあるので、まっさらな気持ちで見たい人は下記リンクからprime videoへどうぞ。

この作品は一見すると、ノスタルジーへのアンチテーゼがテーマだ。
子供向けの映画とは思えない重いテーマに、一緒に見に行った大人たちの方が号泣してしまうと話題になった。

実際、この映画を作ることはかなり挑戦的であったようで、監督・脚本を務めた原恵一監督は下記のようなコメントを残している。

あの形で作るということに関して、『クレヨンしんちゃん』じゃ無くなるという自覚はあったが、それでもいい映画を作りたいという気持ちが勝ってあの形にした。出来上がったとき初号や試写会で、実際に偉い人や出資者たちは不満そうだった。『こんな不愉快な映画初めて見た』とも言われました。『しんちゃん』ではないということなのでしょう
ー 浜野保樹編「アニメーション監督 原恵一」2005年

しかし、この作品を『しんちゃん』で作ることには大きな意義があったと思う。
あの時、親と一緒に映画を見ていた子供たちが、大人になりもう一度この映画を見る。作品に込められた想いやテーマを、それぞれの中で更に深めることができるように感じる。

また文中にある「不愉快さ」は、クレヨンしんちゃんらしからぬ映画ができたことへの不満だけではなく、大人たち全員が突きつけられるものだと私は思う。
それはこの映画のテーマがノスタルジーへのアンチテーゼに留まらないからだ。そして私は大人になった今この映画を見たことでそれを感じた。

なぜ「イエスタディ・ワンスモア」は“20世紀への逆戻り”を企てたのか

「イエスタディ・ワンスモア」のリーダーのケンと恋人のチャコは、21世紀の日本を憂いている。

昔外の世界がこの町と同じ姿だったころ、人々は夢や希望にあふれていた。21世紀はあんなに輝いていたのに。今の日本に溢れているのは、汚い金と燃えないゴミくらいだ。
これが本当にあの21世紀なのか。
もう一度やり直さなければいけない。日本人がこの町の住人たちのように、まだ心を持って生きていたあの頃まで戻って。
未来が信じられたあの頃まで。

彼らは敵だが、その理由を聞くとなんとなく同情してしまう気もする。せかせかと毎日を生き急ぎ、物が溢れる今に比べて、20世紀のゆったりとした時間は「心」があったようにも感じられる。

しかし、しんのすけに愛車を傷つけられて激怒するケンや、物で釣って大人たちを動かす「イエスタディ・ワンスモア」のやり口を見ていると、彼らは本当に「20世紀には「心」があった」という理由で事を企てているのかと疑問に思う。 

「あの時は夢と希望に溢れ、未来が信じられた」
これはなにも21世紀に限ったことじゃなくて、私達の人生もそうだ。

大人になることは希望がなくなること

映画で最も印象的なシーンは、「20世紀の匂い」ですっかり子供になってしまったひろしに、しんのすけが臭い靴を嗅がせるところだ。

臭い靴は、家族のために毎日働いている勲章であり、家族で笑い合うネタの一つでもあり、ひろしにとっては「現在の匂い」だ。

その匂いを嗅いでひろしは、子供から今までを振り返っていく。
親の自転車に乗っていた子供の頃、初恋をした学生時代、就職、上司に連れられた外回り、みさえとの出会い、しんのすけの誕生、つらい残業、クタクタになる満員電車…
すべてを思い出したひろしは泣きながらしんのすけを抱きしめる。

このひろしの涙は、しんのすけや家族を思い出した嬉し涙ではないと思う。

私達の人生を振り返ると、子供の頃は夢と希望に溢れていた。
歳を重ねるにつれて可能性は狭まり、夢を諦めなければならない時も来る。
気づいたら就職や結婚をしていて、無限に広がっていた未来が定まってしまったと感じる。夢と希望に溢れた子供から、誰しもが大人になる。

残酷だけれど、大人になることは夢や希望、可能性を捨てることでもある。どう頑張っても今からプロ野球選手にはなれないし、アイドルと結婚はできない。それは涙がでるほど悲しい現実だ。

そしていつになっても、可能性が無限大に溢れていた子供時代・学生時代は、どうしようもなく懐かしく、幸せに感じられる。
正気を取り戻した後のひろしも、何度も「20世紀の匂い」に取り込まれそうになり、その度に臭い靴を嗅ぐのだ。

人はいつから「大人」になるのか

子供はいつ大人になるのだろうか。
働き始めたら?二十歳になったら?

3月に大学を卒業した私だが、学生の頃は自分が「大人」であるという自覚はなかった。
正直まだまだ大学生の延長の気持ちでいたのだが、今の大学1年生は18歳で、自分は来月24歳になると思うと、かなりゾッとしてしまった。

女性ということもあるし、YouTubeという若者の多い場所で仕事をしていることも一因かもしれないが、早くも「歳をとる」ということが怖くて仕方ない。大人になりたくない。辛くて苦しい。

だけどこの恐怖こそが、大人になった証なのかもしれない。
日々自分のできないことに直面し、時には何かを諦める。選択をして、未来の可能性を絞っていく。私はもう大人なんだ。

大人になれないケンとチャコ

そう考えるとケンとチャコは、大人になることを拒否している。 

ひろしに「二人は夫婦なのか?」と聞かれて「いいや」と答える彼ら。
彼らの自宅を見て「同棲時代みたいだな」と感想を漏らすひろし。
ひろしに対して「つまらない人生だったな」と吐き捨てるケン。

結婚していない理由について、ノスタルジーに浸っている、不倫なのではないか等の考察が色々あるのだが、私は彼らが「結婚によって未来が定まることが怖い」のではないかと思う。

可能性が無限にある子供には、選択と諦めを重ねてきた大人の人生がつまらないようにも映るだろう。

最後に自殺をしようとする二人は、希望と可能性が溢れた子供心のまま死にたいという極端な思考にも思える。

俺の人生はつまらなくなんてない

しかし、ひろしは最後に声を大にして叫ぶ。

オレの人生はつまらなくなんかない!
家族のいる幸せを、あんた達にも分けてやりたいくらいだぜ!

そして、しんのすけも叫ぶ。

あと、オラ大人になりたいから!
大人になって、お姉さんみたいな綺麗なお姉さんといっぱいお付き合いしたいから!

6歳でこの映画を見た私も、大人になりたかった。
子供のころに比べて可能性は少なくなるけれど、選択を重ねた分だけ、私の人生は「私にしか生きられない人生」になる。
何かを極めて誰かの役に立つこと、一生を一緒に過ごしたいと思う人と出会うこと、自分が家族をつくること、それは大人になったからこそ生まれる幸せだ。

映画の最後に流れる「今日までそして明日から」は、そんな気づきを得た私の背中をふんわりと押してくれる。

わたしは今日まで生きてみました
時にはだれかの力をかりて
時にはだれかにしがみついて
わたしは今日まで生きてみました
そして今 わたしは思っています
明日からも
こうして生きて行くだろうと



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