師匠の教え その5

師匠は僕にキッチンを教える時期はかなり慎重に判断していたようでした。
何より、当時大学四年生、就活も終わっていて4月には就職。師匠が僕に教えはじめてくださった時期は9月頃。

今からキッチンにフルで慣れてしまっても、結局キッチンとしての戦力になったころにはバイト卒業になることが見えている。
キッチンはコアな業務であるなかで、近い将来抜ける前提の人間はその戦力にしっかりとなってしまうことは組織としては健全ではありません。

ただ、僕が全くキッチンのことを知らない中で業務に当たることは望ましくないと考えくれていました。

そこで、僕にキッチンを教えながらも、そのあり方は「仕込み」「デシャップ」「ホール」をつなぐ場所、という意味合いを中心に教えていました。

キッチンを中心に添えた仕事の教え方はしませんでした。
日頃キッチンで働いている先輩の見様見真似を、自分でやってみることがどれだけ大変であるかというのを教えてくれた感じでした。

実際にやってみると、まぁ目が回るような仕事でした。
お店では、
・ごはん
・焼き物
・揚げ物
・お刺身
・温めるもの(湯せんなど)などのメニューがあり、それが様々な組み合わせでお客様に商品として提供されます。

前回の記事で書いた通り、「定食」の商品を仕上げる現場はデシャップですが、デシャップがいかに早く動いたとしても、コアとなる大きなおかずをつくるキッチンがその順番を間違えたりすれば商品提供はできなくなります。

おかずの商品自体が「湯せん」や「お刺身」になっている定職の場合は、他の商品より早く出せることは間違いありません。
でも、お店に入ったお客様が複数いて、先に揚げ物、焼き物、お刺身、の順番でオーダーがあれば、キッチンはその順番で仕上げる必要があります。
またはデシャップとコミュニケーションをとって、提供順序を調整してもらう必要があります。

そのために、キッチンとしては最も時間がかかるおかずである、焼き物や揚げ物(いずれも作りたてが売りの商品だった)を如何に手早く着手するかが問題になります。

提供のためにお客様が待つ時間(これは絶対に発生する)の中で、キッチンに係る待ち時間が長くなるのは事実ですが
そこを如何に縮めるか、がポイントになるわけです。

例えば、焼き物であれば、よく出ることが確実な商品を先に軽く焼いておいて、オーダーがきたら改めてしっかり焼くことで「焼きたて」を演出する、とか
揚げ物についても、仕込みの段階である程度、下揚げをしておいて、オーダーがきてから再度揚げる(この時間の組み立て方がすごく難しい)とか
そういった工夫をすることによって、お客様には温かいものが提供でき、
しかもデシャップと連携したうえで短い待ち時間で料理が提供できる。

準備のロジックとしてそういった事を学びましたし、ある程度実践ができるようにはなってきました(自分一人でキッチンでランチピークを乗り越えることができるようになっていた)。

ですが、師匠はそこで僕に対してキッチン専門に育てることはしませんでした。
もともとそのポジションをしっかり押さえている先輩もいましたし、
僕自身もキッチンができる事が目的だったわけではなし、また、僕がキッチンの戦力になったところで、時間の問題で僕がそこを去ることは確実でした。

ただ、師匠はキッチンまで僕に教えることで、お店を支えるすべての役割がどのように作用しているか、どのように連携しているか、という全体像をはっきりと教えてくれました。
一通りすべての業務ができるようになった、という前提で、師匠は今度は僕に対して「数字で物事を把握する」ことの重要さを教えてくれました。

それが「ジャーナル」による売上分析でした。
数字で見えるものから、何をどこまですることで、より価値のある店にするにはどうすればいいのか、という事をアドバイスしてくれました

いよいよ、一介のアルバイトがやるような次元を超えてきているのは事実ですが、師匠は店長に許可をすでに取っていて、僕に自由にやらせてくれる場を与えてくれていました。
僕はこの師匠との修行の日々を通じて、社会人として働くことの第一歩を踏ませてくれました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?