短い記録339:どこまで管理しろってことなん?
ごきげんよう、ナガセです。
今日のヘッダーは「目覚まし」でCanvaより選出。
体調だとか、予定だとかのいわゆる自己管理
社会人だったら出来て当然っていわれるじゃないすか。
言われること自体は良いんだけど、これってどこまで精密にやるべきなんかっつーのが、ここ数年のわたしの疑問です。
わたしがどんだけ気をつけてたって、相手が悪意のあるドタキャンをする可能性も、はたまた良かれと思ってやったけど連絡が行き違ってて色々死にそうになるなんてことも、いっっっくらでも起きるじゃないですか。
でも、出来てへんと
「え、わたし今から至近距離からガトリングガンで処されるん? 遅れたん、交通公共機関やのに?」
くらい自己責任論をぶん投げてくるタイプの種族が、一団体に数%生存してるじゃないですか。
基本的に
自分に対しては、明日死ぬんやから今日ギリギリのキワキワまでやれ
相手に対しては、他人は原則として約束を守らない=期待しない
で、わたし生きてるんですけど。
え、これ付き合ってる相手とかであってもそうよ?
もちろん友達でもよ。
だって、大事な付き合いの相手なら、なおさら。
絶対絶対わたしとの約束守ってくれるよね!!! みたいなプレッシャーかけたくないもん。
他人をコントロールしようとすんなよって自戒を込めてです。
よそがどう生きてんのか、あるいはどう生きようとしてんのは、知らん。
把握しようとも思わへんし、わたし自身のいつもの生活とは別の話や。
自分と混同したらあかんやつ。
仕事してりゃ色々あるので、他人をコントロールするしないだのなんだの、定期的に思い返さざるを得ないよなってなってんですけど、そういうときに必ず思い返すことがいくつかあるんですよ。
ニーバーの祈りと、ゲシュタルトの祈りの2つ。
ラインホールド・ニーバーの祈りの言葉
これ、元々は宇多田ヒカルさんの歌詞で知りました。
そんでその次に、吾妻ひでお先生の失踪日記2 アル中病棟を読んで、
「あれ、こういう歌詞なかったか?」
と調べて、ニーバーの祈りに行き着いたという展開。
ちなみに、この本を週3で読み返していた時期がある。
ただし、ナガセはアルコール中毒者ではない(いまのところは)
で、ニーバーの祈りはこちら。
どこが公式なページなのかがわからないのですが、おそらくここであろうと思われるサイトを引用元としました。
トップページはこちらのはず→https://www.seig.ac.jp/
大木英夫さんが初めに紹介されたとのことです。
【余談】
何故いつも公式ページのリンクにこだわるかというと、
・個人のページは数年後に消える可能性があるため
・情報が変わっている可能性があるため
です。
または、ドメイン失効で全く別物のサイトに生まれ変わっている可能性もある。
だから誰でも手を加えられるwikiは、ソースとしては引用したくないんだよね、あんまり……(やむなく使うんだけど)
いかがでしたかブログに関しては、極力しないじゃなくて絶対ヤダ。
あれは唾棄すべき存在。
余談、おわり。
ゲシュタルトの祈り
これねえ、ドイツ語と英語での和訳でちょっと解釈が分かれるっていうのがいくつか記事を見かけたんだけど、それをわたしがきっちり説明出来るわけじゃないので、はじめに知った漫画をまず説明します。
これです、日本橋ヨヲコ先生の少女ファイト。
公式サイトはこちら。
いわゆるスポーツ漫画です。
バレーボールの漫画だよ。
初めは紙の本で集めてたけど、今は全冊電書で持ってます。
これも読み返しすぎで背表紙割れたりしたから。
この部分です(誰が言ったなどのシーンの説明は、省きます)
これにどっかで見たような〜と思って、検索して
「ゲシュタルトの祈り」
に行き着いたというわけです。
だから知ったのはそんなに昔じゃない。
元の言葉はどうにも公式っぽいところが見当たらなかったので、wikiより引用。
この2つを思い返すと
基本的に、日本以外でも
「よそはよそ、うちはうち!!」
っていう概念は存在するんだなあと思うんよね。
で、冒頭で書いた
のことを書こうかと思ったんですけど、引用が多くて長くなったので、今日はここまで。
また明日ね!