原材料の表記に絶句した。兼近大樹さん『むき出し』を読んで
*ネタバレしません。
そもそも日本人は、好きとか愛とか、そういう見えない気持ちを可視化することが好きなんじゃないかと思う。「行動で示せ」というのだ。好きを好きのままにはできず、カテゴライズしないと気が済まない性分なのだ。とはいえガチオタさんたちを見ると、本当に好きなんだな~といつも感心するので、私は好きな人・ものができたときは、大抵「ライトファンです。」と自分を称する。何が言いたかったかというと、兼近さんのライトファンという立場で書く感想文だよというお知らせ。
そもそもこの本を読んだのは、単なる「興味」からだ。テレビやYouTubeで拝見する限り、地頭のよさそうな発言を放つわりに、小学生が習う漢字が書けない人が、なぜ小説をかけるのだろう?という純粋な興味。別に意地悪じゃない。バカにしてやろうとはカケラも思っていない。え?あの人の頭の中どうなってんの?という疑問。ただ、漫才のことはよくわからないけど、語彙力はそうとうあるだろうなとは思っていた。作詞家という職業柄、職種は違えど「言葉」にはとても敏感になる。だから漢字が書けなくても、とてもうまく言葉を操るのだろうと予想をして開いたページ…
1ページ目で、これは素敵な描写だな、と素直に驚いた。とても流暢で優しい描写。描写というのは、時に難解で、多くの人に理解してもらえなくても、わかる人にだけに響けばいい体のものもある。でも、兼近さんの描写は、普通っぽくない、手垢のついていない描写でありながら、読み手に理解してほしいという意思が句読点まで行きわたっている。すごく丁寧に書かれているのだなと思い、私もかなり丁寧に読んだ。私は比較的読書に慣れている方なので、話の筋が知りたくて2-3行おきに読んでいくこともあるのだけれど、今回は丁寧に読み進めていった。
最後まで読んで、最初に思ったこと。私は、爽快だったり、痛快だったり、泣ける話が好きだ。ところがこの小説は、私の「好きカテゴリー」には全く入らなかった。むしろ最初から最後まで辛いのだ。主人公の石山少年は、悪ガキで不良で、暴力的で、短絡的だ。確かに貧しい家庭に生まれ育ち、おそらく今でいう発達障害的なものも抱えていた可能性もあると思う。子供の時に教育の機会を失ったら、頑張り方さえ知らなかったら、どうやってそのあとに挽回するんだろう。私の生きてきた世界とは、真反対にありそうな、だけど確実にどこかにあるこの世界の片隅に、ひたすら絶望感を味わった。
誰かが作った善悪ではなく、自分が思う善悪やルールにだけ忠実に生きていく主人公は、とてもまっすぐだ。でもまっすぐ進めば進むだけ、「常識」や「世間」や「法律」から乖離していくばかり。憎めないやつ、たくさんの人に愛されているやつなのに、自分でもそれをわかっているのに、なぜそんなに刹那的に生きなきゃいけないの?読み進めていくほど、主人公に手を差し伸べることはできない、無力な読み手にはさらなる絶望感が降りかかる。主人公が明るいのがせめてもの救いだ。これ、構成の良さなんだけれど、時々オーバーラップするチャラい芸人さんたちのやり取りが、エスカレートした緊張感をふっと解いてくれる。ちょっと現実に戻って、また深みにはまっていく。(もうこれって書き手の思う壺なんでしょうね。)
主人公石山少年が、青年になるころから、鬱々とした葛藤が繰り返される。この葛藤は、最初に彼が抱いた劣等感からきているわけなんだけれど、最終的に私が思ったのは、劣等感なるものは「山」なんだということ。「自分が貧乏な家に生まれたせいで…」石山青年が時折感じた劣等感。小説より小説みたいな人生を送る石山青年が抱えた劣等感を見て、私は自分が十代のときに抱えた劣等感を懐かしく思い出した。普通過ぎる私の、普通であることへの劣等感だ。今思えば、大変くだらないのだけれど、あの時は真剣に「ドラマチックな人生」に憧れていた。「こんな平凡な人生はつまらない」と真剣に思っていた。非常に不謹慎ではあるが、行き急ぐ人生でありたかった。普通過ぎることの悩みなんて、普通じゃない人にはわからない。
そう、「おまえらには絶対にわかんねえよ!」そんなセリフを吐かせてしまう劣等感は、他人と自分を分け隔てる「山。」山の向こうにいる人がどんな気持ちかなんて、わかりもしない。でも、石山青年はやがて葛藤する。「貧乏なんて、ただのいいわけじゃなかったか?」ずっとずっと、葛藤を続けていって、いつの日にか「山」を越えたんじゃないだろうか。山を越えてきた人たちは、ようやくそこで出会える。どんな人も、自分なりの山を越えたから、ようやく「わからないなりに、わかりたい」という優しさが溢れる。だから 「山」はあってもいい。山がないと、優しい場所にたどり着けないから。みんな劣等感があっていい。でもいつか劣等感を越えるために、心が揺れて、揺らされて、そして辿り着けたら…すごく優しい世界が広がっているんじゃないかな。石山青年は、そこへたどり着いたんじゃないかな。そう考えて、ようやく少しだけ救われたなと思った。
読み終わってしまえば、一度本を閉じてしまえば、書き手に踊らされて懸命に読み続けてしまった自分に気がつく。『むき出し』なるほどね。これはパッケージの中身、この本の中にあったのは原材料。何度混ぜても、混ざりきらない、ゴロゴロした原材料。うまいかまずいかではないのだな、と深夜に独りごちてみた。
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