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MIMMIのサーガあるいは年代記 ー12ー

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       甲午(きのえうま)弥生  ーエリカたちの悩みー

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 恒星間天体であるA/2036 U1が地球に接近する軌道予測が次第に精度を上げてゆき、月の公転軌道と交差することがほぼ確実になる結論が各国天文台、研究機関などで出てくると。この結果は各政府により伏せられた。国民がパニックを起こし大暴動が勃発することが確実であり、反面A/2036 U1を回避する有効は方法がないからである。
 
 この情勢を踏まえ各国政府は、秘密裏にかつ真剣に協議を始めた。もっとも、各国とも地球滅亡に際しても自国の利益を最大にしようとした愚かさは言うまでもないだろう。
 A/2036 U1に決死隊を送り込み核爆発で軌道をずらしてしまうあの映画のような案は、素人が誰も安直に思いつくものだが、専門家によって即座に否定された。すぐにロケットと人員を用意できない、ということだった。仮に用意できたとしても、A/2036 U1の軌道に有人宇宙船が近づくには日数がかかりすぎる。また、核兵器の専門家は、A/2036 U1上で核兵器を起爆させたとしても、どれだけ有効なのか疑問を呈した。宇宙空間、しかも恒星間天体上での核爆発の知見がないため、効果が予測不可能であり、シミュレーションをするにしても同じくデーターがないためできない、と反対した。また、月の軌道付近という近距離で行ったとしても、もうすでに手遅れだと判断した。
 
 このような各国の情報統制にもかかわらず、情報は漏れるものである。小さな暴動による政府機関への攻撃は多発した。またある極東の島国では、中世的な「徳政一揆」が勃発して、住宅ローンや教育ローンなどをすべてチャラにしろ、と主張した。地球が滅ぶならその前に借金、負債をすべて消滅させろ、仮に人類滅亡に到らなかった丸儲けになるかもしれない、という考えだった。これには為政者も苦笑をしたと言われている。
 国連の秘密理事会も開催されて結論が出された。人類滅亡の可能性の情報を、一般にいつ、どのような方法で公開するかという一点のみである。対策は、鋭意研究・対応するとしか発表できないであろう、ということであった。
 
 あのブラジルの天才彗星ハンター少女は、第三世代のCORE7が掲載された父親の古いPCに自分の最新観測結果を入力してA/2036 U1の軌道をシミュレーションしてところ、地球と交差する結果をはじきだした。彼女の観測では、A/2036 U1は太陽や太陽系内惑星、衛星の引力に逆らって速度を下げ、ごく微妙な軌道修正をおこなっていると見えたからである。
 
 このことを発見したのは彼女一人だけではなく、天文学者の多くも同じ結論を出していた。だが権威ある彼らは、発表を躊躇した。人類以上の科学技術をもった知的生命体が、地球をめざして接近してくるというSF映画のように突飛な結論を受け容れることができない。なにしろ、地球外知的生命体が存在する兆候どころか、バクテリアレベルの生命体の存在も証明されていないのだから、もっともなことである。
 
 だが天才彗星ハンター少女が発信したSNSにより、天文クラスターと言われるマニアたちにたちまち事実として拡がった。彼(彼女)らの議論は、A/2036 U1は太陽系外知的生命体が搭乗する宇宙船なのか、観測用宇宙船で知的生命体は乗っていないのか、あるいはA/2036 U1はどの天体から飛来したのか、推進力は何か、などであった。
 こうした天文クラスター間の議論は、当然に一般人へも拡がっていった。
 そうして、全人類には新たなパニックと疑問が形をかえて伝播した。宇宙人は人類を滅ぼすのか、宇宙人とどう闘うのか、宇宙人は人類に友好的に接してより良き方向に教導してくれるのではないか。それと、ある新進企業CEOの「これは人類史上最大の金儲けの好機」発言に大別されるだろう。

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 このような人類の危機が迫っていましたが、桃子はそれどころではありません。数ヶ月先の推測、憶測、欲望などが渾然とした人類の危機よりも、彼女を取り巻く目の前の危機が重要なのです。
 一週間先に迫った記者会見を初めとしてさまざまなプロジェクトによって、お爺さんの失墜したイメージと名誉を護り、盗聴された会話の中でFu*k You、サリン、戦術核兵器などと口走ってしまったことをうやむやにするか糊塗しまう必要があるのです。あと一週間に完璧な準備をしなくてはならないのです。
 
 桃子のこのような活動に対して、身内、とりわけエリカたち三人娘から否定的な意見が出ていました。
 お婆さんが言うように「人の噂も75日」で消えるのに、さらににいま宇宙人襲来で大騒ぎになっていてお爺さんのスキャンダルや悪評なんかに関心のある人間なんて残っていないから静かにしておくのが賢明である、という内容です。もっともな考え方でしょう。
 しかしながら、桃子はこの批判を一顧だにしませんでした、

 ほかにもエリカたちには秘かな心配事があります。
 桃子本人に向かって口にしがたい内容。そうです皆さんのご想像どおり、突然、桃子に”尻尾”が生えることです。
 何の予兆もなく突然、中年のようないやらしい”尻尾”が生えると、桃子は何がおかしいのか大笑いをして、その”尻尾”を「見て! みて! 桃子の尻尾!」と、ついつい見せびらかしてしまうんです。
 
 邸内ならば『メリーさんひつじ」緊急警報がかかり、人目を遮ることができますが、記者会見の場で尻尾が生え、桃子が大喜びしてズボンを下げるとかスカートをめくり上げるかしてしまうと、どうしようもなくなってしまいます。まあ、それはそれとして強烈なニュース性がありますが、間違いなく画面にはモザイクで覆われ、口にした言葉はピー音で消されてしまうでしょう。F*ck Youなどと口走るより強烈でしょう。
 エリカたちは、その場面を考えるだけで卒倒しそうになってしまいますが、桃子の記者会見を中止させるいい知恵はありませんでした。それと、桃子かファンクラブ用ブログに風俗店で働き始めるような画像を掲載してことにも頭を痛めていました。エリカたちには桃子の意図がまったく分からず、どう収拾するのかまったく読めないのです。プロジェクトのスタッフたちも何も桃子から事前に打ち明けられなかったので、驚きうろたえるばかりでした。

 お爺さんに相談しようにも、バーボンのボトルを抱いて病人のように暗い部屋に閉じこもってしまっています。方やお婆さんもさしたるいい考えはない、と半ばさじを投げ出してしてしまい。桃子の「ちょっとした計画」に賛成したことを悔やんでいました。
 さあ、いったいどうなってしまうのでしょうか。記者会見の日は、恒星間天体の接近よりもずっと早いのです。
(つづく)
 

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