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知識経済、産業革命、技術発展と世界を変える内生的成長理論

80年代までの経済学において、長期的な経済成長率は、外生的に与えられる人口増加率と技術進歩率によって決定されると考えられていた。

人口が増えれば経済が成長する。技術が進歩すれば経済は成長する。

なるほど。直感的に理解できるが、これでは「どうしたら経済を成長させることができるか」という問いに対して、一人ひとりができることはほとんどないと感じるかもしれない。

経済学者ポール・ローマーは"Increasing returns and long-run growth." という代表的な論文において次のように論じる。

本稿は、知識が限界生産性を増大させる生産における投入物であると仮定した長期成長モデルを完全に規定したものである。これは基本的に、内生的技術変化を伴う競争均衡モデルである。収穫逓減に基づくモデルとは対照的に、成長率は時間の経過とともに増加し、小さな擾乱の影響は民間エージェントの行動によって増幅され、大国は小国よりも常に速く成長する可能性がある。これらの可能性が経験的に妥当であることを裏付ける長期的な証拠が提示されている。

Romer, Paul M. "Increasing returns and long-run growth." Journal of political economy 94.5 (1986): 1002-1037.

要旨は難しく感じられるが、端的に言えば経済成長に必要な要素として、「知識」という概念を経済モデルに取り込んだ。

ポール・ローマーは長期的な経済成長率は内生的に決定されると考えた。この理論は内生的成長理論(endogenous growth theory)と呼ばれており、2018年のノーベル経済学賞を受賞した。

このポール・ローマーのノーベル経済学賞受賞講演もまた、MIT Slone School of ManagementのPh.D課程の必見動画である。

内生的に決定されるというのはどういうことか。大きく3つ大きな類型に分けられる。ひとつは、①学習効果モデル(アロー=ローマー型)、②人的資本モデル(宇沢 =ルーカス型)、③政府支出による公共財の効果を重視するタイプ(バロー型)である。

宇沢は独自の経済理論が世界的にも評価された、稀有な日本人経済学者である。ロバート・ルーカスは、ポール・ローマーの博士論文の審査教員であるが、ルーカスが人的資本の蓄積による生産性の向上に注目したのに対し、ローマーは技術発展、そしてイノベーションによる経済成長のモデル化に取り組んだ。

アロー=ローマー型の学習効果モデルにおいては、知識の蓄積が強調される。個人や企業が経験や研究開発を通じて新しい知識を獲得し、(技術革新・イノベーション)それが経済成長に貢献すると考える。

宇沢=ルーカスの人的資本モデルでは教育への投資が重視されている。個人や企業、政府などが教育に資金やリソースを投じることで、人的資本の蓄積が促進され、経済成長が実現されると考える。

バロー型の公共財の効果を重視するタイプでは、政府が公共財(教育、インフラ、研究開発など)に投資することで、経済全体の生産性や成長率が向上すると考える。

これらの理論はどれが正しくないということはなく、どれもが正しく、そしてどれもがそれだけではない。

なぜ内生的成長理論の話をしたのかというと、技術革新を経済学に取り込んだモデルであり、前回取り上げたキモールの知識経済と密接に関係しているためである。

キモールの「アテナの贈り物」とはすなわち、「科学」および「工学」でありそれは知識である。

科学を使って工学を発展させ、工学を使って科学を発展させたこと。これらが複製可能な情報として高速に伝播したことが、産業革命、そしてその後の急速な経済成長を引き起こしたというのが彼のメインの主張だ。

より、筆者の言葉で言えば、実用的な知識と理論的な知識の相互共進化は、前例のない技術進歩の波を引き起こした。

これを、内生的成長理論の観点から見ると、キモールの指摘は技術革新のみに着目していると言える。宇沢=ルーカス型、バロー型の人的資本や政府の役割についてはほとんど無視されている。

ローマーによれば、学習効果とは、経験が学習効果を通じて蓄積されること。投資により経験を生むことによって学習する。企業や個人が新たなアイデアや技術を開発しそれが経済全体に広まるかどうかで、経済成長は各国が違った値を取りうるとも言える。

また、 ローマーは、知識は他人と共有されるものであり、一つの企業や個人が新しい知識を生み出すとそれが他の企業や個人にも影響を与えるという「知識の外部性」を強調している。これはキモールの複製可能な情報としての知識と同じ点を指摘していると言える。

かつてローマー日本の経済成長についても触れており、これは先進国の技術を模倣したことによって引き起こされたのだと論じている。ここにおいても彼の主張は首尾一貫している。

日本がこれほど急速に成長した理由の 1 つは、はるかに遅れたところからスタートしたことです。急速な成長は主に、世界の主要国の産業慣行を模倣することによって達成できたのです。興味深い疑問は、なぜインドが同じトリックに対処できなかったのかということです。日本は先進国に追いつくにつれ、成長は必然的に鈍化します。次の 100 年間で、一人当たりの所得が 8 倍増加することは信じられますが、256 倍の増加は信じられません。

Economic Growth, Encyclopedia of Economics[An updated version of this article can be found at Economic Growth in the 2nd edition.]

経済成長の鈍化した日本は知識を使い果たしてしまったといえるのだろうか?確かに、日本の国際論文数や特許数は減少傾向にある。これらは知識を生み出せていないことを示しており、日本の経済的復興には新たな知識が必要なのだろうか?

また、内生的経済成長を生み出す知識に関しても、やはり人口が多いほど、多くの知識が生まれ、洗練されるのではないか?つまり、長期的には人口の従属変数となるのではないかという疑問が残る。

次回以降この疑問に答えを与えるため、より思考を深めていきたい。

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