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【ものがたり】ショートショート

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短い物語を。温かく見守ってください。修行中です。
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#結婚

いえない男女|ショートショート

 炬燵机で斜め向かいに座る男女。女が持ち出した離婚届が机の上にある。女の側は記入済み。 「えっと……、これ、本気?」  戸惑うように女を見る男。口元だけで微笑む女。 「本気じゃないよ。だから、俺はいやだって言ってほしい。でもあなたは言わないから無理でしょう」  うつむき、目を泳がせる男。今度は目元も笑う女。 「私はあなたと結婚していたいし、これからの人生も一緒に過ごしていきたい。でもあなたはそうじゃないみたいだから」  男の口がもごもごと動く。けれどなにも言わない

心の開く場所|ショートショート

「美濃さん」  給湯室で声をかけられて、美濃香乃子はぎくりと肩を揺らした。バレたのだろうか。  声をかけてきたのは、香乃子の所属する広報課とは険悪になりがちな、総務課の片桐あゆ子だった。 「購入申請のあったソフトなんだけど」  淡々とした口調に安堵を覚える。なんだ、仕事の話か。安心して背筋を伸ばして返答する。仕事の話であれば、香乃子は自信を持って判断し断言できる。自分の言葉に価値があるのだと、自分の行為に価値があるのだと、そう思うことができる。 +++ 「壁作って

満たすモノ|ショートショート

 ぺろり、と上唇を舐めた。生クリームの味。昔あんなに大好きだったのに、今ではちょっと重いなと思う味。 「でね、どう思う? もうほとんど1年もしてないの」  目の前に座る彼女は、あたしと同じものを飲んでるはずなのに生クリームが上唇に付かない。器用だからなのだろうか。 「1年かー。それは長いね」  かく言うあたしは、ほとんど1年恋人もいない。彼女が左手で飲み物を手に取った。薬指の指輪がきらりと光る。自慢のダイヤモンド。 「こども欲しいのに、こんなんじゃ困る」  くいっと寄せられた

袖摺れの君 #旅する日本語

「結婚、しようかな」  君が突然言うから、私はとても驚いた。   君と私は、もう15年近く傍にいる。一緒に寝たことはない。それでも私たちはお互いのものだった。 「お前の存在をいやがる彼女なんていらない」  冷たくそう言った君を思い出す。私はいつでも君の中の1番の女で、これからもそうだと思っていた。  袖摺れ、と言えるほどの距離が私たちには当然のようなのに。  それでも私たちは決して重ならない。だからこうなんだろう。  この距離を、新妻になる彼女はどう思うのだろう。 「旅