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【ものがたり】ショートショート

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短い物語を。温かく見守ってください。修行中です。
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2021年2月の記事一覧

タワマンパワマン緩慢散漫 side.K|ショートショート

――やっぱタワーマンションに住んでよかった。  と、30歳になったばかりの和希は思う。18歳くらいの頃から、ずっとタワーマンションに憧れてきた。タワーマンションに外車、厳つい腕時計。今も憧れるそれらは既にほとんど手中にあって、惚れ惚れする。  まるで夢の国のように、きらきらと輝きながら波打つ光の海。なぜか懐かしさを誘う光景。じっとそれを見つめていると、まるで昔からそれを見ているんじゃないかという錯覚を覚える。次いで高揚感。得たいものを得たことによる充足感すらなぜか懐かしいよ

タワマンパワマン緩慢散漫 side.E|ショートショート

――タワーマンションなんて、どこがいいんかさっぱり分からん。  と、29歳になった榮子は思う。23歳の頃は、きっともっと歳がいけば良さがわかるよ、なんて言われていたけれど未だに分からないままだ。  まるで遠い世界か幻のように、現実感も乏しく眼下で波打つ光の海。戻りたくても戻れない家のように、どこか郷愁を誘う光景。じっとそれを見つめていると、足元が揺れるような感覚を得る。次いで軽い眩暈。その不安定さすら懐かしくて、酔うように身を任せた。 「何見てんの」  掛けられた声に、

とある日記の抜粋|ショートショート

1月30日 最近どうも肩凝りがひどい。知人の理学療法士に相談するも、肩はそんなに凝っていないと言われた。そんなはずはない。こんなにつらいのだから。けれどプロがそう言うということはそうなのだろう。身体に触れられて、ひさしぶりの感覚にときめいた。異性に触れられるなんて、別れて以来だ。 1月31日 頭痛が止まらない。常備しているロキソニンを2時間ほど前に飲んだのだが、それでも一向に痛みが消えない。毎月のように飲むものだから身体が慣れてしまったのだろうか。なんだか心臓まで痛くなって

とある男女の場合|ショートショート #月刊撚り糸

レイカの場合 人生泣きたくなることなんてそうそうない。基本スタンスは開き直りと諦め。別に悲観論者じゃないけどそうやって生きてきた。映画で感動して泣くことはあっても、自分の身に降りかかる出来事って、泣いても仕方ないじゃん。泣くくらいならなんとかする術を考えるし、それができないなら開き直る。  そう考える私は、どうやら強い女に分類されるらしい。自分ではそう思わないんだけど、そう言われて生きてきた。 +++ 「レイカはさー、ゼロの人間なんだよ」 「え? ゼロ?」  急にわけわ

死にたがり屋のひとりごと|ショートショート

――ねえ。わたしが死んだら、この世界ってどうなるのかな?  彼女がそんな質問をしてきたのは、真夏らしい暑さの昼間のことだった。ぼくは畳の上に転がって、縁側から入ってくる、草の匂いがする風を感じていた。日光が燦燦と降り注ぐ庭を眺めながらだべってるぼくらは、なんとも言えず夏らしかった。 ――世界の話? さあ、なにごともなく続いていくんじゃない?  ぼくは暑さでぼーっとなりながら答えた。だからそのとき、彼女がどんな顔をしていたかは知らない。 ――おかしくない? だってこの世