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【ものがたり】ショートショート

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短い物語を。温かく見守ってください。修行中です。
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2020年10月の記事一覧

Misson1. その能力、危険につき

「は?」  私は目の前の男を睨みつけ、思い切り脚を組んだ。額から汗を滲ませ、縋るように見詰めてくる男の姿は滑稽で、それでも私は一寸たりとも笑えなかった。二つ名の由来にもなっているトレードマークの赤毛を掻き上げ、念押しでもう一度訊く。 「ここにないっていうのは本当なの?」  男は必死の形相で頷く。その目に嘘偽りがないことを読み取って、私は不快感に顔を歪めた。まず疑ったのは情報漏洩。けれどそれはないだろうと否定する。今回の指示はあの秘密主義で有名なレイモンド司令官からのもので、彼

午前1時の喫茶店 ~ショートショート~

 しとしとしと。  音はしないが気配がする。  時刻は0時50分。終電を逃した私は、喫茶店に身を寄せた。昭和を通り越して大正とでも言えるような、レトロな香りがするお店。きらきらしたカフェやカラオケなんぞには行きたい気分になれなかったから選んだ、ひっそりとしたお店だ。  「お好きなお席にどうぞ」と言われた私は窓際の席を選び、まず濡れた鞄をハンカチで拭いた。  黒とグレーの間の色をした革の鞄。丁度掌が収まる持ち手は金。ぱきっとした絶妙な柔らかさを気に入って、今日のために購入した特

夢には破れない ~ショートショート~

『俺は夢破れた者を、負け犬だと思ったことはない。だけど引きずり続ける夢を言い訳にして他を蔑ろにするやつは人生の敗残者やと思うけん』  高校生2年生の頃、図書館の片隅で読んだ小説に、その一文があった。その頃はとにかくたくさんの小説を読んでいたから、他に埋もれて内容の詳細は覚えていない。けれどその一文は、なぜか私の中に残り続けた。  残り続けたと言っても、座右の銘になったとかそんなことは一切ない。なんならほとんど思い出すこともなかった。ただ、意識のどこかに記憶されていた、という

カントリーロード ~ショートショート~

 ふと、田舎の空気を嗅いだ気がして、智世(ちせ)は顔を上げた。幼い頃はここにいつも満ちていたのに、周囲の都市開発の影響ですっかり過去のものとなってしまったそれ。  懐かしい、なんて感傷はないまま、智世はただ深呼吸した。  葬儀のために帰省して、今日で6日目。諸々の手続きをがむしゃらにこなし、ぽっかりと空白が生まれた1日である。暇を持て余し、家にいるのも億劫な気がして、智世は散歩に出ている。幼い頃から何度も通った道。見える景色は、ほとんどが記憶と一致する。いなくなった人も、増

慰めのデュエット ~ショートショート~

 貴方は狡い。私は何度も何度もそう思う。けれどそんなの貴方は分かってるだろうから、顔に出してなんてあげない。欲しそうな言葉をかけてなんてあげない。  私はいつでも笑顔で、優しい。優しく貴方の言葉に頷くだけ。 ◆◇◆◇  その日、私は珈琲を飲んでいた。昨夜はちょっとした飲み会で、その後男の家に泊まりに行ったものだから帰宅が遅かったのだ。夕方まで寝ていたから夜になっても全く眠気が来ず、いつもの場所でいつものお酒でなく珈琲を飲んでいる。  貴方はものすごく落ち込んだ様子でやって

記憶に生きてい ~ショートショート~

 忘れたくない記憶は、ありますか? ◆◇◆◇  黄昏を思わせる、薄暗い一室。がらんとした部屋に置かれているのは、淡い色の木で作られた文机と中身がほとんど入っていない本棚。そこにひとりの少女がいた。  腰まであるつややかな黒髪を持つその少女は、部屋の中心に膝を抱えて座っていた。幼くあどけなく見える顔立ちをしているが、体型はもう大人のそれのようで、ひどくアンバランスだった。  ゆらり、ゆらり、と少女の身体が揺れる。反響する声が部屋を満たした。 ――あ、ちょっと! またそんな