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スポーツがくれたもの、それは「夢」

記憶の彼方に埋もれる程昔でもなく、かと言って最近という程でもない、そんな曖昧な程度に昔の話しをさせてください。

あの思い出は甘く、そして切ない記憶の断片として私の心に蘇ります、例えば、青い空と大きな入道雲、風鈴の涼しげな音色、青草の中から鳴く虫の声、それらに接する度に思い出します、あの一夏の出来事を。

当時僕は高校1年生で剣道部でした、柳生新陰流の小さな道場の長男に生まれ、望む望まぬにかかわらず父に幼少の頃から鍛えられた為に県下でもそこそこの成績を収めていました。

ただそこそこ止まりで、優勝する事はなかった。
そんな僕にある日父が言った言葉は今も覚えています

「お前には才能はあっても覇気が無い、所詮二流の少し上止まりだな」

そんな事を言われても「そうなのか」程度にしか思いませんでした。
物事に執着する事も、感情を顕にする事もほとんど無い僕には妥当な評価と冷静に受け止めました。

今にして思えばそれが「覇気が無い」と言う事だったのかもしれません。
父も悪気があったわけではなく、私を奮起させようと言ってくれたのだと今では思います。

その夏、剣道部の合宿で信州の奥深い山中にある宿に行きました。
そこには近くに廃校となった学校があり、その剣道場を借りられる為毎年合宿に使っていたそうです。

その年は他の学校の剣道部も合宿に来ていました、顧問同士が同じ学校の剣道部卒業で知り合いだった為、今回合同合宿と言う形にしたそうです。

最初に道場に行った時に相手の学校の女の子が一人、正座をし黙祷していました。

彼女を初めて見た時の事は今でも覚えています、シミひとつない剣道着に後ろで一つにまとめた長い黒髪、そして白い透き通る様な肌。
稽古の後だからか、ほんのりと上気して赤らめた頬。
地上に天女がいるとしたら彼女の事なのだと思いました。

彼女と互角に試合ができるのが僕だけで、また彼女も小さな道場主の娘だった事もあり、二人の仲が近づくのにさほど時間はかかりませんでした

彼女の先祖を辿れば鹿島神宮の宮司の家系で、剣聖と謳われる塚原卜伝へ行き着くとの事。

僕の家の柳生新陰流の流祖である柳生石舟斎は塚原卜伝の弟子の上泉信綱のさらに弟子という接点もあり、お互いの家の話もよくしました。

僕たちは道場では剣で語らい、夕方からは言葉で飽く事なく語らいました。

合宿も終盤に差し掛かった土曜日の夜、皆で肝試しをする事になりました。
くじ引きで二人ペアになり、墓地の中にある目印を持って帰るという、よくある肝試しです。

「彼女と一緒にいきたい」多分それまで生きてきて、そんなに何かを強く願った事はなかったと思います、幸運にも僕は彼女とペアになれました。
でもそれは必然であって運でなんか決してなかった。

懐中電灯を手に、二人で墓地を歩いていました。
草むらからは虫が騒がしく鳴いています。
このまま墓地の一番奥の墓石に置いてある目印を取って帰れば楽しい時間も終わり。

この時間が永遠に続けば良いとも思った、でももちろんそんな事も無く、先の事を思うと僕も言葉少なになり、会話も途切れがちに。
それでも二人の間を静かに刻は流れていきました。

目印の置いてある墓石の近くまで来たとき、彼女は不意に立ち止まりました。
そのまま前を見据えて、白く長い右手の人差し指を唇の前に立て、「静かに」という仕草をしました。

僕は困惑しました、会話も途切れ、何も話していないのに何故「静かに」なのだろうか?

一般に「静かに」には二つの意味があると思います。
一つ目は言った本人がうるさいと感じるから「静か」にして欲しい、もう一つは周りの為に「静か」にする必要がある。

三秒後に彼女の意味する「静かに」は後者だと気づきました、いや、強烈に否応なく完膚までなきに気づかされました。

彼女は口元から右手をゆっくりと下ろし左の腰に手を動かしました、その所作はまるで舞踊の如く優雅で、その動きに思わず見惚れていると

刹那、彼女は静かに抜刀しました。

抜刀! さっきまで刀なんて持っていなかったのに。
いや、そもそも刀なんて存在していなかった、彼女の気迫が僕の目に妖しく光る刀身が翻るのを見せたのだと思います。

一瞬の出来事でしたが、全てがスローモーションに見えました。

「ああ、なんて美しいんだ、これが鹿島新當流居合術」

あの浮世離れした状況で僕は精神をこの世界に引き止めておく為、極力現実的な事を考えていたのだと思います。

そして彼女は何かを斬りました。

実体は無いけれど、何か密度の異なる空間を切り裂く様な音が「シュッ」と聞こえました。

「本当に出てくるなんて・・・言い伝えは本当だったんだ。
ねえ今から話す事をよく聞いて。
戦国時代にある落ち武者の一群がこの村を襲ったの。
たまたま私の先祖の塚原卜伝が逗留していて彼らを退治したけど、中に呪術を生業にする者が居て村に呪いをかけた、卜伝の子孫がまたこの地に訪れたら蘇り子孫と村人を一人残らず殺すとね。

村の名前は伝承から消えてしまったけど、私の家は代々その話を伝えてきた、父は信じてなかったけどね。
小さな頃から夢に出てきた景色だから不思議に思っていたけど、まさかここがその村だなんて・・・
偶然にも合宿で私がこの村に来ることになって、ってもうそれって偶然って言えないよね、必然だったのかな。
600年も待つなんて彼らも気が長いよね」

彼女は周りを警戒しつつ、存在しない筈の刀身を鞘に納めながら続けた。

「ごめん、もう囲まれた、五人かな・・・多分、私一人だと勝てない、ねえ君の助けが必要なんだ」

僕は混乱していた、感情が初めて激しく揺さぶられる。

「助けるって言われても、僕に何ができる、武器だって無い、相手だって見えないのに…」

彼女はまた抜刀し、一人、いや一匹を斬って囁く、化け物は仲間をやられ警戒しているのか距離をつめず、こちらが疲れるのを待つ持久戦に持ち込む気だ。

「心の外に刀なきなり。敵と相対する時、刀に依らずして心を以て心を打つ、是れを無刀と謂ふのよ。    人外を切るのに業物は不要、心の刀で斬りなさい。」

彼女は一瞬僕の目を見て、また周囲を警戒しつつ続けた。

「一体目を斬った時と、稽古で何度も見せた型、あれが鹿島新當流奥義”一之太刀”(ひとつのたち)。

化物退治の為に卜伝様が編み出した技よ、柳生の家に生まれたあなたも何か教わっている筈」

「そんな、無理だよ、相手も見えないし僕には無理だ!」

「心の刀と心の眼、あなたならきっと出来る、私が見込んだ人だから」

化物が間合いを詰めてきたのか彼女の腕の服が裂け潜血が飛び散る、彼女をよく見ると大量の汗をかいていて、すでに疲労の色を隠せない。

僕は動揺した、僕の事はどうでもいい、ここで死ななくとも大して特筆する事も無い人生でこのまま凡庸に終わる事だろう。

ただこのままでは彼女を失う事になる。

「それだけは絶対にさせない」

幼少の頃からの厳しい稽古はこの時の為だったのかもしれない。

口伝 ”無刀の位” 流祖 柳生石舟斎曰く「無刀とは刀に執着せず武器を選ばぬことであり、たとえ武器がなくても慌てず騒がぬ境地に至る」

その言葉を思い出した時、今までの動揺は一瞬にして消え去り、僕は明鏡止水の境地に達した。
心に一点の曇りなく、刻は止まり、四体の化物を明確に認識した。

父に「人には使うな」と言われた型がある、そんなもの使う機会は無いと思っていた。
血の汗を流しながら何万回と反復した型が、自然と身体をつき動かす。

そこにはもう恐れも迷いも無く、僕は静かに囁きながら抜刀した。

「柳生新陰流 奥義太刀 添戴乱裁」

ある筈のない刀身が化物を切り裂く、一太刀で四体を切り裂くと、もうそこには僕と彼女の気配しか残っていなかった。

エピローグ

あれから時が経ち、私はベッドの中で目を醒ます、横ではまだ彼女が寝ている。
今では私の妻だ。

部屋の壁には賞状が掛けてある、インターハイ全国優勝の賞状、私と妻の分二枚が。

この穏やかな日々の中で、そう、例えば、青い空と大きな入道雲、風鈴の涼しげな音色、青草の中から鳴く虫の声、それらに接する度に思い出す、あの一夏の夢の様な出来事を。

ー完ー


という夢を昨夜見ました。
剣道とかやった事ないんですけどね。

スポーツがくれたもの、それは将来の「夢」ではないけれど、これもまた一つの「夢」、そして「夢」オチもまた「夢」

甘く切ない思い出があったと錯覚して思い込む「夢」見る心には、スポーツにまつわる合宿や鍛えた体と心が混ざり合う要素も欠かせないと言うお話。

色々な形の「夢」をありがとう、スポーツ!

#スポーツがくれたもの

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ではアディオス!


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