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強いおばあちゃんと弱そうに見えるおじいちゃんから学んだこと

皆さんこんばんは!昨日の自己紹介シリーズからまた変わって今日は#おじいちゃんおばあちゃんへをテーマに、自分のプライベートのお話を。
(家族の話なのである意味自己紹介シリーズに入るのかな?)

私のおじいちゃんは(私も結構良い年なのでw)もうどちらも他界していて、おばあちゃんはお父さん側のおばあちゃんが90歳でまだ元気に生きてます。

おじいちゃんに関しては、結構早めに他界していたこともあり、おばあちゃんやお母さんからまた聞きで知ったことがほとんどでした。
昔は今とは違って女性は仕事も限られていたり、男性が経済的に全て支えることが普通だった時代だったから、特に経済的な力がおじいちゃん達に求められていたような時代だった気がするが、私のおじいちゃんたちは病気になりやすい体だったり、会社の中で出世するような気概のある感じでなく、おばあちゃんの家の養子に入って土地の売却益や、タクシーのうんちゃんとして日払いの仕事をこなしていたり、正面から当時の社会の圧力に耐えられるような経済を生み出す力が、なかったような人だったと聞いて感じています。

だから私のおばあちゃんたちは、それぞれに自分が自分の置かれた不自由の中でも、できるだけ自由に生きていけるように、心のあり方とか、動き方とかすごく主体的に動いてたと聞いてます。

今生きているおばあちゃんは、おじいちゃんがお父さん達を産んだ直後から病気で働けなくなってしまって、当時女性でもできる、旅館の掃除や居酒屋のバイトなどを必死で掛け持ちしながら、お父さんのお兄ちゃん(おじさん)を一人で育てていました。
お父さんは養子に出されて大変だったと思うけど、客観的にみたらおばあちゃんは生きていくために本当にその時のベストを尽くしてたと言いきれます。


ひ孫とご飯に行くおばあちゃん。長生きはいいね〜と嬉しそうで私も嬉しかった一枚。

もう一人のおばあちゃんは、私が小学生前半の時に亡くなったけど、
箱入り娘だったから、全然仕事もせず、経済的に強くなかったおじいちゃんに対して冷ややかな目で見ていたと思う。(そう聞いている)

おばあちゃんは、本当は心優しい人だと私は思っていて、きっとそう言う冷たい態度は取りたくなかっただろうけど、家での自分の立場とか、自分の存在意義とか、そう言うことを考えて冷たくしてせざるを得なかったのではないかと私は思っている。だからおばあちゃんも、ベストを尽くしていたと思います。

結論どちらのおばあちゃんも、環境違えどその時代を強く駆け抜けた強い女性だったとひしひしと感じています。
(おばあちゃんまだ生きてるから過去形にしてごめんね笑)

私は、その当時に社会的な強さを持てなかったおじいちゃんたちが悪いとか弱いとか、そんなことは思っていなくて、ただただおばあちゃん達が強くて、日本にはそんな誰にも名前を知られていないけど強い女性、おばあちゃん達が本当にたくさんいるなあ。そんな女性が日本や世の中を支えて生きていたんだと自分の祖先の話からひしひしと思うのです。

日本の歴史や偉人伝とか、出ることはほとんどないけど、時代を強く生きた女性達も男性同様時代を作ってきたのだと感じています。

そんな強い自分の祖先のおばあちゃんたちや、社会的な圧力に自分たちなりに向き合ったおじいちゃんたちの血を受け継いで、私は今の時代の難しさとか楽しさとか、面白さとかそう言うものを感じながら生きていきたいと思ったのでした。

そして最後に。
おじいちゃんおばあちゃん、命を繋いでくれて感謝してます。
本当にありがとう。
私は誰がなんと言おうと、社会がどうあろうと自分らしく貫いて
楽しく生き抜きますね。 だから面白がって見守っててください。

今日もここまで読んでくださりありがとうございました💡
明日も良い日になりますように。


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