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書籍『うき世櫛』

中島 要 2020 双葉文庫

女であることは、しんどいなぁ。
なんでこんなにしんどいんだろう。
しんどい物語ではないのに、今の自分はずっしりと重たいものを胸に抱えている。

表紙とタイトル、「女髪結いは女の味方!」という帯に惹かれて、書店に平積みされた本を手に取った。
それからしばらく積んでいたのだけど、この週末、ようやく読むことができた。
主人公の結は、武家に生まれたものの、早くに母親に死に別れ、父親にも先立たれ、十五歳の時に身寄りがなくなった。奉公に出てもうまくいかず、女髪結いの夕に住み込みの弟子として拾われることになる。
結は、世渡りという点でも手先という点でも不器用で、武家育ちということもあって堅苦しい。心得違いで夕とぶつかることもしばしばだ。
夕は美人な元芸者。顔に大きな傷がある。その傷を隠さずに生きている。
女髪結いは、庶民の女性の髪を結う仕事。髪を触ることを通じて客の体調の変化に気づいたり、他には言えない心の重荷を聞くこともある。
そういう夕の客との出会いや長屋でのあれこれを通じて、結が少しずつ成長していく物語である。

舞台は、天保の江戸。
大飢饉があり、大きな乱があり、奢侈を取り締まる改革のあった時代。
大政奉還まで、あと22年。と思うと、この物語のなかの登場人物は、この物語の後に激動を生きることになるのだろう。
時代小説でもよく描かれている時代であるように思うのだが、これほどシビアに生活の息苦しさを描いてあるものは、初めて読んだかもしれない。
江戸に火事が続いたこともあり、芝居小屋が移されて、歌舞伎や寄席が規制される。絹織物や金銀を用いた簪や櫛を身に着けることを禁じられる。浮世絵も、大首絵(役者や遊女の似顔絵)が禁止され、使われる色の数も制限される。
主人公が拾われた女髪結いというのも、その禁止されたものの一つだった。
規制の積み重ねによって、庶民の生活が、日に日にじわじわと締め付けられていく。経済が回りにくくなり、徐々に生活が苦しくなっていく。
最初はしばらくすればなあなあでなかったことにされるのではないかと期待されていた御法度であるが、取り締まりは厳しくなる一方で、困窮から密告して褒美をもらう者まで出る。
江戸の人々が徐々に顔をうつむかせていく。その気分の変化が、しっかりと描かれている。

つくづく、小説とは写し鏡であると思った。
作者の心情や体験や哲学を写す鏡であり、作者の生きる背景である社会を写す鏡である。
同時に、読み手の情緒や体験や哲学を写す鏡であり、読み手が生きて見て感じている社会を写す鏡である。
その意味で、この数年の徐々に経済的な不安が増す中で、Covid-19の流行に伴って生活の規制が増え、しかも、政権に対する不信感が高まっている。
もともと、2016年に出版されたものが今年になって文庫化されたそうだが、今、この2020年10月の社会の状況にぴたりと重なるような息苦しさを、この物語の背景に感じた。
その息苦しさにも、ちょっとやられてしまった気がする。

だが、私の生きるこの社会は、絶対的な身分制度に支えられた封建制の社会ではないはずである。
法のもとの自由と平等が保障された民主主義の社会に生きているはずである。
だから、物語の中の女性たちのように、あきらめながら合わせるか、命がけでしか抵抗できないという法はない。
そのはずである。そのはずであるが、なかなかしんどいものであるなぁ。

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