感想『ダンシング・ベートヴェン』

This is itを見終わった後、Amazon Prime Videoが勧めてきた映画の一つがこのタイトルだった。
タイトルでまったく中身が予測できない。
ベートーヴェンが踊るのか? それってコメディぽいやつ??
と気になり、観始めた。

まったく違っていた。

2016年のドキュメンタリー映画。
東京バレエ団の50周年記念、ベジャール・バレエ団と合同で東京公演をした時の記録だそうだ。
演奏は、ズービン・メータの指揮で、イスラエル・フィル。

モーリス・ベジャールの名前は、私もなんとか知っている。
ボレロがあまりにも有名であるが、ベートーヴェンの交響曲第九にも振り付けをしていたことは寡聞にも知らなかった。
第九でバレエ。
頭の中でピンと来ない。
あの音楽、合唱の素晴らしさは、様々なフラッシュモブの動画で、コロナ流行当初の引きこもり生活時に慰められたものだ。
ボレロと第九はフラッシュモブに、とてもよく使われている。
生きる喜びを高らかに歌いあげる、祝祭のような音楽。
そこに、バレエかー。バレエなー。うーん。と唸ってしまったのは、私があまりバレエに馴染みがないからである。

とはいえ、観始めたのもなにかの御縁。
毎日の点滴の間、3回ほどにわけて、最後まで観た。

思うに、ダンスというのは、人体の美しさを愛でる芸術なのだと思う。
中でも、バレエをする人たちの体は、びっくりするほど可動域が広くて、不思議な姿勢で静止できて、手足の動きはひたすら細かくて複雑で、ジャンプするときの滞空時間は長いし、ふんわりとやわらかに着地して見せて、いろんな物理法則を超越しちゃっているような気がする。
手足の長い人たちが多いし、彼らの体を支えるのは筋肉なのだけどもほっそりとしていて、This is itのバックダンサー達とはまったく別のつきかたをしている。
どちらが美しいとか、セクシーとか、感じるのは個人の好みの問題であって、ナンセンスであるが、一人ひとりが芸術作品みたいなものだと思った。
断片的に見ると不思議なポーズに見えて、それがかっこいいと思えない場面も、曲にあわせていくとそれしかない振り付けに見えてくるから、それがまた不思議。

第1楽章から楽章ごとに、ローザンヌと東京を行ったり来たりしながら、さまざまな練習風景や、スタッフのインタビューや、ダンサーたちが紹介されていく。
妊娠が重なって出られなくなった人や、リハーサル中に捻挫をしてしまって本番には出られなくなる人、ゲネプロに出られないから本番から降りることになった人。
そういう事情を見ていると、どの世界も一緒だなぁと思ったりした。
この練習風景のレポーター役の女性は、両親がもともとベジャールと一緒に働いていたダンサーで、現在はスタッフをしている。
その彼ら親子の会話がとてもよかった。

舞台の世界の人って仕事中毒よね

何でも吸収するには中毒なくらいでないと
自分の描いた夢に向かって進むのよ

その道を極めようと思ったら、そういうものですよね。
自分がやりたいと思って、それに向かって進むのだもの。
仕事中毒にぐらい、なりますよね。
この母娘の会話の場面はとても素晴らしくて、その素晴らしい言葉はここでは引用しないが、後で見返してやっぱり笑顔になった。

第九の合唱の歌詞には、人類皆兄弟という理想がこめられている。
この大規模な公演もわざわざ多国籍にしてあるが、もともと、ベジャールのバレエ団自体が多国籍であることがうかがえるカップルが出てくる。
男性はコロンビア出身、女性はウクライナ出身。
彼女は、きっとこの1年間は、つらいこともあったんじゃないだろうかと勝手に心配になってしまった。
その後も幸せであるといいなぁ。

たとえ世界を救えなくても美は必要なもの
(中略)芸術作品は人の心を励まし慰める。(中略)哀れな人類の明るい希望の道しるべとなる

映画の最後は、ベジャールの言葉でしめられる。
これは、今はなき偉大な振付家のスピリットは、今も受け継がれていることを、高らかに宣言する作品だった。

希望は常に勝利である。

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