見出し画像

【掌編小説】晩御飯を食べて帰る

 今日は少し残業をしたので20時過ぎに一人で会社を出た。家に帰っても一人で晩御飯は無いし、この時間から作るのも面倒だから今日は食べて帰ることにする。家の最寄駅の駅前に定食屋がオープンしてたからあそこに行ってみようか。いや、でも今日はチャーハン大盛りを食べたい気がするから、中華屋とか、餃子のなんとか、とかに行くべきか。
 と迷っているうちに電車に乗って家の最寄駅に着いた。駅前の中華屋は定休日でやってない。なんで木曜日を定休日にしてんねん。仕方ない、新しいお店を開拓するとしよう。
 少し歩いたところにオープンしたばかりの綺麗な定食屋さんがあった。入り口に立て看板が置いてあり、どれも美味しそうな定食メニューが並んでいる。お刺身、焼き魚、フライ、トンカツ、唐揚げ、ハンバーグ、ステーキ。充実した定食リストだ。毎日通っても飽きなさそう。暖簾をくぐってお店に入ると、あまり広く無いお店には7人くらいが座れるカウンターと2つのテーブルの席があり、カウンターには若い女性客が一人、テーブルの1つには小学生の男の子と母親の親子連れ、もう1つには会社帰りのサラリーマンたちが座っていた。
 アルバイトの大学生といった感じの女性店員さんが「いらっしゃいませ」とお辞儀をして迎え入れてくれる。
「お一人様ですか?カウンターへどうぞ」と案内されて先客の2つ隣に座る。
「ご注文はお決まりですか?」
「まだなんでちょっと見ます」
「では後ほどお呼びください」
 はい、と言いながらメニューを眺め、その間に店員さんが持って来てくれた水に手を伸ばして一口飲む。入口の暖簾をくぐる瞬間は横目に見た立て看板の唐揚げ定食と思っていたが、ステーキも捨てがたい。ガッツリ行きたい気分だったしステーキにするか。
「すいません」
「はーい」
「ステーキ定食で」
「ステーキ定食ですね、ソースはどちらにしますか」
「えっと、オニオンでお願いします」
「かしこまりました」と言って厨房を振り返るとステーキワン、オニオンでーす。とよく通る声で注文を伝える。厨房から、あいよー、という男性の声がする。活気もあっていい店だな。
 隣の女性は資格試験のテキストのような本を熱心に読んでいる。親子連れは子供が食べ終わるのを待っているが、子供が食べずに喋るので母親の機嫌が悪くなり始めている。サラリーマンは居酒屋みたいに飲んでいる。あれ?ビールもあるのか。ビールも頼もうかなと考えていると店員さんが隣の女性の料理を運んできた。
「お待たせしました。チャーハン、餃子セットです」
 えっ???あったの?
 思わず女性客の方を見てしまう。まだ湯気の立っている金色に輝く丸いチャーハンは美味しそうだ。しかもそれ大盛りやん。
 こちらの視線に気がついたのか女性客もこっちを見てニッコリ笑うと、
「意外と中華メニューも美味しいんですよ」
そう言ってレンゲをチャーハンのてっぺんにさして崩すと湯気がほわっと出て本当に美味しそう。
 マジかー、それ何ページにあったん?メニューをもう一度手に取ってみると、水分でくっついていたらしい最後のページがあり、開くと左が中華メニュー、右がアルコールメニューだった。これは誤算だ。今ならまだ間に合うか?店員さんを呼んで変えてもらおうか。いやでもそんなことをしたら隣の女性に笑われるか。いやいや、食べたいものを食べましょう。ビールも飲みたいからね、だから店員さんを呼ぼう。
 その時、厨房から出て来た店員さんが俺の前にトレイを置く。
 「お待たせしました。ステーキ定食です」
 「・・・あ、追加でビールお願いします」
 「かしこまりましたー」
 ご注文、生中一丁!店員さんのよく通る声が店内に響いた。

(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?