【ショートショート】一発屋芸人
俺はお笑い芸人だ。
1
数年前に一発屋として少しだけ売れかけた時期がある。
今は、そのギャグをやってもパラパラと拍手が起こるだけでだれも笑ってくれない。
もう消費し尽くされたわけだ。
これが歌だったら、好きな人は何回でも聴いてくれるのに。
歌と同じくらいの情熱を笑いに使っているつもりなのに不公平だ。
もちろん、新しいネタも作っている。
だが、全く需要がないし、やらせてもくれない。
だから、今日も一発屋の仕事だ。
もう、スベり慣れて何も感じない。
淡々とスベり、淡々とまばら拍手をもらうのだ。
「どーもー」
何と、割れんばかりの拍手である。
何だか、一番ブレイクしていたときの気持ちが蘇る。
「キツい、キツいよ、キツいってー!」
あの頃の気持ちが乗った言い方、間、声の高さで言えた気がした。
ドカーン!
まさかの大爆笑である。
このまま、最高の気分でネタを終えた。
ネタ終わりに飲む水が最高に美味い。
顔が興奮して紅潮している。
そこにテレビカメラと売れている後輩芸人たちがやってくる。
「テッテレー!」
「ドッキリ!」
と書かれた看板が見えた。
「えー?マジかー!」
と言ったが頭の中は凄く冷静だった。
後輩芸人が
「いや、「キツい」じゃないんかい」というダメ出し。
「あ、そうかー。やっちまったー!」
「全然コイツ、キツイって言わないな」
「はいOKでーす」
後輩芸人が軽く会釈してくる。
何故か俺は「ありがとう」とか言っている。
あっという間にカメラも芸人たちも帰って行った。
しかし、俺はドッキリだったとはいえ、何か手応えを得ることが出来た。
2
後日、
地方営業である。
あのドッキリの日から俺はどこか気持ちを切り替え、スベっても一回思い切りやってみようという気になっていた。
「どーもー」
いつものパラパラ拍手
「キツい、キツいよ、キツイってー!!」
いつものスベり前の凍りついた空気が一瞬で拡がる。
一瞬、
何とかこの空気をこじ開けたい、
何かもう一言言うか、
いや、
まて、
この一発でまたウケるんだ!
歌詞は変えない!
自分が面白いと思った歌を面白いと思う人に向けて歌い続けるだけだ!
気づいたら、
胸を張って、目を見開き、自信に漲った姿で佇んでいた。
歌を歌い終わった歌手のようだった。
シーン、、、
クスクスクスクス、、
ドカーン!!
まるで燻っていた火に引火し大爆発したかのようなウケである。
もう、俺はブレない。
この一瞬で確固たる自信を得たのだ。
舞台から降りたら、
カメラと後輩芸人たちがやってくる。
「テッテレー!」
と書かれた看板を持ってはいるが見せる気はないようだ。
よく見ると、後輩芸人たちは涙ぐんでいる。カメラマンの目も赤い。
今、「俺が」面白くなったのだ。
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