雨、降りしきる夜の窓辺・2
「今夜は冷えますね……少し温まりませんか?」
ふわりと背中を揺らした声に振り返らず、少年は窓辺に立ち尽くしたまま、右手の平に視線を落とした。
「いい……ここでいい」
手の平の中央に、気を集中させる。
刹那の熱感
浮き上がる環状の刻印
宿災にのみ解読可能な文字が手の平に姿を現す。チリチリとした微かな痛みを感じながら、少年は脳内で文字を音にする。
ーー 我に宿りし理(ことわり)よ。そなたを疎んずる者は去った。今一度、その姿を我に見せよ。移ろう時は待ち侘びる事の空しさを捨て、ただそなたと共にあろうと寄り添う。その事に、微塵の偽り無し
唱え終えると同時に、手の平の痛みが増す。
「少し落ち着いたらいかがですか? 今ここでそれを成す事が何を意味するか、わからないわけではないでしょう?」
再び背中にぶつかった声。まるで遠のく雷の残響。憂いと落ち着き。そこに潜んだ鋭さが、少年に平静を要求する。いつの間にか固くなっていた肩から力を抜き、少年は声の主を振り返った。
長い髪は白銀色
横への広がりを感じさせない繊細な輪郭
白いひと繋がりの装束に包まれた佇まい
袖からはみ出した腕 裾から覗く脚
双方に巻きつけられた白い布
履物のないつま先 血色はない
音を放てど静(せい)。佇まいもまた同じ。そこに立っているのか浮いているのか判断し難い、白い輪郭。
「災厄の感情を受け入れるのは良いことですが、貴方自身の感情を持っていかれるのは危険ですよ。特にこんな夜は」
「ああ……わかってる」
「それなら良いのですが。近頃貴方は、心を留守にすることが多いようなので」
「そんなことはない。俺は……」
「なんでしょう?」
「……灯馬(とうま)には関係ない」
口を噤んだ少年。顔に表現された感情は、限りなくゼロに近い。トウマと呼ばれた存在は、目元を一度大きくし、小さなため息をもらした。
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