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雨、降りしきる夜の窓辺・5

「果たして災厄だけなのでしょうかね、過剰な嫌悪感を抱いたのは……あの程度の零念、放っておいても問題ないでしょうに」
「せっかくの雨を穢されたくない」
「宿災の力は浄化の為のもの……先程は苛立ちが前面に出ていたと、私は思います。それでも災厄が力を貸してくれたのならば、それは貴方達の関係が友好である証拠なのですが」
「掟破りは、お師匠様に報告……か? 好きにしろ」

 窓の外に視線を向けた少年。更なる一言は生まれ落ちず、強まった雨音が場を繋ぐ。

ーー 零念……あんなものが存在する世界なら、いっそ

 零念
 それは一体ナニモノなのか

 少年がその存在に気づいたのは、まだ片手の指だけで年を数えられた頃。それが他人の目には映らず、触れることもできない存在だと知り、素直に驚いた。まさかそれを滅する立場になるなど、思いもしなかった。

 人間が零した穢れ。それが零念の正体。ひとつひとつの力は弱く、脅威とはならない。しかし、そもそもが人間の穢れ。友好な姿勢を見せるわけはなく、集結すれば、それなりの力を持つ。知恵も増す。生命体の姿を模して彷徨うそれらは、次の宿り主を探し、地上に存在している。災厄を宿せる宿災は、都合の良い器。

ーー 祓いだって一種の暴力だろう? 浄化と何が違う?

 地上に蔓延る零念を滅する事を、少年は【祓い】と教えられた。宿災は、その身に自然現象を宿している分、普通の人間よりも自然に近い。人間の穢れを無に還せるのは、自然の力のみ。ゆえに、その使命が宿災に与えられたのだとか。

 浄化

 その言葉が大義名分に思えて、命じた者達への反抗心が生まれていた。

 正直に胸の内を伝え受け入れてもらえたなら、育ち行く苛立ちは直ちに姿を消すのかもしれない。しかし永きに亘って行われて来た【正の行動】に、どう異議を唱えれば良いのだろう。心のどこかに、非難を恐れる自分もいる。その事実が更に、少年の苛立ちを増幅させていた。

 音を止めた少年の背中。それを見つめていた灯馬。ストーブの揺らめきよりも静かに、穏やかに、音を紡ぐ。

「私が災厄を放ってしまった時の話、覚えていますか?随分前の事ですが」

 灯馬の昔話。その物語の内容を少年は知っている。しかし拒まず黙したまま、少年は低く深い響きに耳を傾けた。

「あの時の私は、守ってきたものへの憎悪で満ちていました。そして、災厄が完全に自分と一体化したと感じていた。肉体的にも精神的にも完全に自分が失われた気がして耐えられなかった……宿る災厄を全て放てば、自分を疎む者達は消え、自分自身も消えてしまえる。そう思いました。単純ですね」

 言葉の終わりに笑いを潜ませ、灯馬が動きを見せる。腕を伸ばせば少年に触れられる場所まで、ゆっくりと滑るように歩を進め、物語を再開した。


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