LTRA2-3「Majestic Cage」

 周囲から見れば、イケメンと美少女の外国人カップル。アリシアが何も知らず目撃すれば、数秒後には全力の平手打ちがアルスの頬に炸裂するだろう。ただ大きく違うのは、少女は日本人だし男だ。そして、2人はデートしているワケでもない。
 ……男は未だついてくる。人通りが有る場所を伝うとしても、振り切れるとは微塵も思わない。
「……アルス、一旦分かれよう。僕はこのまま真っ直ぐ行く。アルスは右に曲がって、その先で左……」
と言った流雫に、アルスは
「……上手くやれよ」
と返す。それが合図だった。
 「やっぱり気が変わった。ボクは行かない!じゃ!」
と流雫は一方的に声を上げ、少しだけ歩速を上げる。舌打ちしたアルスは、首に手を当てて空振りに終わった表情を浮かべながら、目の前の角を右に曲がる。
 男は流雫と同じ方向に歩いていく。……ここまでは想定通り。
 背後に誰もいないことを確認したアルスは、地面を蹴った。後は流雫を追う男の背後に、自然な形で回るだけだ。

 流雫は人通りが少なくなった場所まで進むと、立ち止まる。
「……ネックレスにトラッカー……正解だったか」
と呟いた流雫の耳に、英語で問う声が聞こえた。
「何故ネックレスを持ってる?」
「……誰?」
「答えろ。何故持ってる!?」
「……奪った」
と、男に背を向けたままの流雫は答える。それが最も手っ取り早い。
 「それは、お前のような下々の人間が触るものじゃない!」
その言葉に、流雫は振り返った。
「知ってる。太陽騎士団の聖女の証……そのレプリカ」
その声に、男の表情が険しくなる。ネックレスのことを知っている謎の少女、しかも瞳の色はテネイベールと同じ……。
 「お前は……!?」
と目を見開く男の顔に、流雫は眉間に皺を寄せ、目蓋を震わせる。しかし、あくまで冷静に問う。
「何故ボクが、ネックレスを持ってると?」
それが、男の苛立ちを加速させる。
「……とにかく、大人しくネックレスを渡せ。それは我々にとって大事なものだ」
と言って前に出る男に、流雫はバッグからネックレスを出し、フランス語で問う。
「トラッカーを仕掛け、少女に持たせて……。……セブ、何が目的だ?」

 自分とセブは瓜二つ。プリィ自身、そう言っていた。そして、確かにその通りだ。姉譲りのブロンドヘアの持ち主は
「俺の名を……!?」
と呟く。その瞬間、
「ルーン!」
と声が聞こえた。セブの背後から駆け寄ってくるのはアルス。
 「どうした?絡まれたのか?」
と問うたフランス人は、流雫ではなく男を睨む。先刻の遣り取りが確かに聞こえていた。その目に、2人に挟まれた男は
「お前は……プリュヴィオーズ家の……!」
と声を上げる。先刻のナンパはやや遠目だったから、顔をよく見ていなかった。
「太陽騎士団の幹部に名を覚えられてるとは、俺も有名になったもんだ」
と返したアルスは問う。
「……セバスチャン、フリュクティドールか?メスィドールか?どっちだ?」
「何故答える必要が有る?」
「どっちでもいいがな」
とアルスは言い、話を切り出した。
 「命の在り方と宗教的倫理に大きく関わる秘密を、俺は知ってる。此処でバラされてもいいのか?」
「脅す気か?相変わらず卑怯な教団だ……」
「何とでも言え。目的のためなら、手段は問わん」
とアルスは言った。セバスチャンにとって、バラされては困る秘密が有る以上、有利に立つのはアルスだ。
 「聖女の正体は人工的生命体。太陽騎士団の倫理には悖るが、本来生きているハズだったアリス・メスィドールの代わりとして、教団に尽力している。その弟セバスチャンもな。だが、そのことがバレては大変なことになる」
「……今し方、脅す気か?と言ったな。ああ、俺はお前を脅す」
と続けたアルスに、セブは問う。
「目的は何だ?」
アルスは答えた。セブの目をブルーの瞳で捉えながら。
「我らがフランスと、大事なフレンドがいる日本の平和だ。今、件の舞台は日本に移っているからな」
と言ってアルスは、一瞬だけ流雫に顔を向ける。大事なフレンドの筆頭だ。そして彼は続けた。
「お前が知っていることを全て教えろ。セバスチャン・メスィドール」

 その名に、アルスの隣の流雫は
「え……!?」
と小さく声を上げた。
 このセブは、聖女の……!?ならば、プリィの弟は何処だ……?
 「断る」
とセブは言った。
「邪教の脅迫に屈すると思うか?」
その言葉に、口を開いたのは流雫だった。
 「……ネックレスの持ち主の居場所を特定し、襲撃した。空港で、そして台場で。何故オリジナルを……プリィを狙う?」
「何を言ってる?」
「誰がプリィを狙ってる?何のために?」
流雫の口調には、怒りが宿っている。プリィを殺されかけたのだから、当然のことだった。
 「まさか、我々の仕業だと思っているのか?」
「疑問が払拭できない以上は、教団幹部だとしても疑うしか無い」
と流雫は言った。
 ……ルージェエールを信仰する男と、テネイベールに似た目を持つ女。一体何を知っているのか。それ以前に、ナンパに成功したと思いきや、突然別れたハズの2人が、コンビの如く自分に対峙している。
 男の正体は知っている。邪教の、それも目障りな男だ。しかし、ルーンと呼ばれている女は一体何者だ……?
「お前、何者だ……?」
「テネイベールの転生……なんてね」
その言葉に、セブは
「お前……邪教のグルか……!」
と怒りに満ちた声を上げる。プリィからどうやってネックレスを奪ったかは知らないが、邪教ならやりそうなことだ。
「ネックレスは返す。でも、トラッカーが無いのにプリィの居場所は判らない」
と流雫は言った。
 「プリィの居場所は何処だ!?」
「知ってる。ネックレスも借りただけ。でもプリィを狙うなら教えない」
「ふざけるな!」
「僕は約束した、プリィを助けると」
「助けるだと?ならば居場所を教えろ、そして引き渡せ。それがプリィのためになる」
「ならば質問に答えろ。お前の教団の中枢で、何が起きてる?」
とアルスが言葉を被せる。
 ……どっちかが折れなければ先には進まない。しかし、そのために妥協しても構わないポイントが見当たらない。ましてやセブは、血の旅団相手に妥協することは有り得ない。聖女の弟と云う立場が認めない。
 人通りが無い場所で、厳密には1人違うのだが3人の外国人の男女が対峙している。異様な緊張感に包まれる秋葉原の片隅で、事が動いた。近くに停まった黒いセダンから、2人の男が出て来た。
 ワイシャツの上にはスーツの代わりに、白衣を着ている。
「ようやく見つけたぞ、それも2人揃って」
その声にセブは振り返り
「誰だ!?」
と問う。2人のうち1人が
「お前ら2人に用が有る」
と、セブと流雫を指しながら答える。
 ……ルーンもとい流雫が、プリィと間違えられているようだ。しかし、疑問が一つ生まれる。
「……此奴らをどうする気だ?」
と、アルスは2人の前に出る。
「ダイバの時のように、始末する気か?」
「何故狙う?」
と、今度は流雫が続く。
 「お前らの存在が問題だからだ」
と言い、男は銃を取り出す。流雫のそれと同じで口径は小さい。しかし、距離によっては人を殺せるだけの力が有る。
 「結果、正解だったな」
とアルスは流雫に言う。小さいフランス語はセブにも聞こえていた。
「……アルスはセブとあっちに逃げて。僕は戦う」
「正気か?」
「それしか無いんだ」
と言った流雫は、バッグから銃を取り出す。
 澪や詩応には頼れない。2人はプリィといるからだ。そしてセブはアルスに任せる。1対2だろうと、仕留めるのは流雫の役目だ。流雫は
「セブ!」
と呼んだ相手の腕を掴み、アルスに向けて投げる。
「アルスと逃げて!」
「おい!!」
突然のことに困惑するセブの腕を掴んだアルスは
「とにかく来い!!」
と言い、走り出す。セブは引っ張られるままに走る。血の旅団信者に腕を掴まれたことは一種の屈辱だが、そうも言っていられない。

 「一体何なんだよ!?」
とセブは怒りに満ちた声で問いながら、アルスの手を振り解く。
「……彼奴は俺のフレンドだ。ネックレスはプリィから預かった」
「奪ったんだろ!?やはりお前とグルだったか」
「奪ったと言う方が手っ取り早かった。プリィに問うてみろ」
とアルスは言った。
「プリィの身を案じて、自分が身代わりになると言ったんだ」
「信じられると思うか?卑怯者が!!」
「信じられないなら、それでもいい。だがな……」
と言ったアルスは立ち止まり、セブの喉を掴んで階段に叩き付ける。
「ごほっ!!」
「俺のフレンドをバカにするな。アリスとお前の秘密、世界中にバラすぞ」
とアルスは言った。
 自分が悪役に回ってでも、幼馴染みを助けたい。だから流雫は、自分の過去も美桜の死もバカにしたプリィを助けると言った。その思いを、セブにグルや卑怯者と云う言葉でバカにされた。看過できなかった。
「だから教会は檻なんだよ」
とアルスは言い、セブから離れた。

 2人が走る先は、急な階段が有る。其処を駆け上がって少し進めば大きな通りに出られる。流雫は2人が逃げ切れることを願いつつ、言った。
「メスィドール家にとって不都合だからか?」
「どう不都合だ?」
「ボクより詳しいんじゃない?」
と答える流雫。少し乱雑なショートヘアの少女に、男は苛立ちを見せる。
 ……そもそも、聖女やその候補が銃を持っていると云う情報は無い。しかし、トラッカーは目の前の少女に反応している。
 流雫は深めの呼吸を一度だけすると、一気に地面を蹴った。
「待て!!」
男は銃を構えるが、それに流雫は乗らない。
 銃を取り出したが、撃つのは最終手段。このまま逃げ切れるとは思っていない。ならば、自分が戦いやすい環境に持っていくだけだ。
 秋葉原駅まで戻った流雫の目の前に、黒いセダンが映った。ロータリーの縁石に乗り上げて止まると、男2人が出てくる。
「露骨だ……」
と流雫は呟いた。しかし、男としては形振り構っていられないのだろう。
 「逃げられると思うか?」
その問いに、流雫は
「当然」
とだけ答える。テネイベールを連想させるオッドアイがこの瞬間の環境を捉え、脳は動線をシミュレートする。全ては無意識下での出来事。
「ボクがネックレスを持っている、だから狙う気なのか……」
「大人しくすれば、穏便に済ませてやる」
「穏便ね……」
と流雫は言った。
 二度もプリィを殺そうとして、それでいて穏便とは。言いたいことは有るが、今はとにかく男を仕留めなければ。
「一つだけ教えたい。ボクの名はルーン……プリィでもアリスでもない」
その言葉に、2人の目は見開かれる。
 「何!?」
重なった声を合図に、ネイビーのセーラー服の少女は踵を返した。

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