Ⅲ.虚夢《そらゆめ》-4
「───エイダ……?」
薄青い瞳を瞠ったかと思うと、レイヴンは急に青ざめて顔をこわばらせた。
「ちょっ……、あんたねぇ……!?」
アリスが幼女を睨んで声を荒らげると、彼はいきなり踵を返し、そのまま何も言わずに店を飛び出した。いつも悠然とした態度を崩さないレイヴンには珍しく──というか、ありえないほどの動揺ぶりだ。アリスは呆気にとられてぽかんとした。
「……何あれ」
チェシャ猫がぼそりと呟く。
「怪しい。身に覚えがあるんじゃねぇ? ──あー、わかった! あいつ本当は女だった……」
アリスは眉を吊り上げ、チェシャ猫の脚をドカッと蹴飛ばした。
「ばか! んなわけないでしょ!?」
「蹴るこたねーだろ! なんちゅー暴力娘だっ」
「……あの、もう少しお静かに……」
グリフォンはエイダを下ろしながら困惑顔でたしなめた。店内の客がびっくりして一斉にこちらに視線を向けている。
「ご、ごめん……」
「悪ィ」
ふたりともそれきり黙り込んでしまい、気まずい沈黙が落ちた。やがてチェシャ猫がわざとらしい咳払いをして、低声で切り出した。
「なぁ……、レイヴンの奴どうしちまったんだ? すげー変だったよな」
「ええ、あんなに動揺するところは初めて見ました」
アリスは溜息をついてスツールから滑り降りた。
「……とりあえず着替えてくる」
店の出入り口を見つめていたグリフォンは気を取り直して微笑んだ。
「おやつの用意しておきますね」
「うん……」
アリスは曖昧に微笑んで奥のドアに消えた。チェシャ猫はちらっとグリフォンを眺めた。
「──追っかけねーの?」
「店がありますから」
「閉めちまえば……って、今いる客を追い出すわけにもいかないか」
「戻ってくるのを待ちます。いつまででも、僕は待っていられますから」
穏やかな呟きに、チェシャ猫は肩を落として嘆息したのだった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?