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すてきなダンスに心が躍る - 劇団四季「クレイジー・フォー・ユー」


わたしはダンスが大好きです。とはいえ生粋の運動音痴ですから、踊るほうではなく観る専門ですが。

お休み前の夜など、YouTubeでフレッド・アステアさんのダンス映像を観ては、ニヤニヤ薄気味悪い笑みを浮かべています。

わたしがダンス好きになったきっかけも、やっぱり劇団四季です。演目は「クレイジー・フォー・ユー」。この作品を初めて観たのはまだ1990年代で、今はなき大阪の近鉄劇場でした。この劇場は座席が狭く、作中でボビーが言うセリフ「おしりの痛くなる椅子」そのものでしたが、四季が専用劇場を各地に建てる前は、よく公演をしていました。

今回ご紹介する作品「クレイジー・フォー・ユー」は、ちょうど2023~24年にかけて、全国公演で各地を回っています。

ガーシュウィンメロディ+タップダンスの魅力

作品に使われている楽曲は、アメリカ音楽を作り上げたともいわれる、ジョージ・ガーシュウィンさん(1898~1937)作曲、その兄のアイラ・ガーシュウィンさん(1896~1983)作詞によるものです。

この作品のベースとなっているのは、1930年のミュージカル「Girl Crazy」ですが、日本でも様々なアーティストがカバーしている名曲「Someone to Watch Over Me」や、映画「踊らんかな」から「Shall We Dance」や「Slap That Bass」なども作中で使われています。

ナンバー集の動画で主要な楽曲を聴くことができます。ガーシュウィンさんを知らなくても、どこかで聴いたことのある曲がきっとあるはずです。

有名な「I Got Rhythm」も、1幕ラストのビッグナンバーとして使われていて、そこでタップダンスが披露されるのですが、これが本当にすごいのです。つるはし通水カップ(トイレの詰まりを治すアレ)、パエリア鍋といった小道具を使いながら、コミカルかつダイナミックに踊ります。

その「I Got Rhythm」の稽古風景が動画として残されています。ボビー役は、後述する荒川務さんです。もうボビーを演じることはないと思うので(今はベラ・ザングラー役で出演されています)、貴重な映像です。

ストーリーは、いたってシンプルな「ボーイミーツガールもの」ですが、心に残るガーシュウィンメロディと、のちにトニー賞を12部門で受賞する「プロデューサーズ」を演出することになる、スーザン・ストローマンさんの振付によるダンスが魅力で、観るとハッピーな気分になれる作品です。

あらすじ

この作品は、銀行の跡取り息子だけどダンスに夢中になっているボビー・チャイルドが、母親の命令により、劇場の差し押さえのため仕方なく訪れた砂漠の町、ネバダ州デッドロックで、ポリー・ベーカーという女の子に出会い、一目惚れするところから始まります。

ポリーは劇場オーナーの娘。ボビーはポリーに、劇場を救うことを提案するのですが、その提案をしているのが差し押さえに来た張本人だとバレてしまい、あっさり振られてしまいます

そこでボビーは、大物プロデューサーのベラ・ザングラーになりすまして、改めてポリーに近付き、劇場を救うための作戦を実行することにします。ところがポリーは、ボビーがなりすましたベラ・ザングラーに恋してしまいます。そこに本物のベラ・ザングラーが現れて……

主演俳優は劇団屈指のダンサー

上記あらすじでもわかるように、この作品はコメディです。その上、ボビー、ポリーのいずれも、激しいダンスシーンをこなせなければなりません。当然ながら歌もたくさんあります

つまり、歌えて踊れて芝居ができる、それもコメディを演じることのできる俳優でなければなりません。そのためか、これまで特にボビー役を演じたことのある俳優さんは、ダブル・トリプルキャストが当たり前の劇団四季の作品にしては、比較的少なめです。

わたしが初めてこの作品を観たとき、ボビー役は加藤敬二さん、ポリー役は保坂知寿さんでした。CDキャストがこのおふたりなのですが、残念ながら廃盤のようで、Amazonではプレミア価格になっていますね……

加藤さんは「キャッツ」のミストフェリーズ役で鮮烈なデビューをした後、長く劇団屈指のダンサーとして活動された方です。いくつかの四季作品で振付も担当されていますが、すでに退団されています。

保坂さんは、当時まさに四季の看板女優だった方で、わたしが初めて観た四季作品「夢から醒めた夢」でも、主演のピコ役を演じていました。保坂さんの歌声は本当に素敵で、おてんばな女の子から大人の女性まで、どの役もとても魅力的にこなす演技派の方です。「マンマ・ミーア」でドナ役を長く務めた後、退団されてしまいました。

加藤さんと同時期に、ダブルキャストでボビーを演じていたのが、上で少しご紹介した荒川務さんです。「美女と野獣」の記事でもご紹介しましたが、ニューヨークで5年間もダンス修行をされた方です。

わたしは荒川さんのボビーを観る機会が多かったのですが、ダンスの美しさは言うまでもなく、歌声もとても伸びやかで、ベラ・ザングラーになりすましてからのコミカルな演技も最高に好きでした。まさかなりすまされる側を演じるとは、ボビー役を観ていた当時は全く想像もしませんでした。

ほかに、ポリー役で印象的な俳優さんを挙げておきますと、濱田めぐみさんですね。一時は濱田さんの舞台を観たくて四季のチケットを取っていたくらい、大好きな女優さんのひとりです。

濱田さんは劇団四季に入る前、音楽座という、わたしが激推ししていたミュージカル劇団に在籍していまして、まだ研究生か何かだったため、音楽座の舞台では拝見することはなかったのですが、その後、音楽座は解散してしまいます。(現在でも上演権などを継承した「音楽座ミュージカル」がありますが、運営母体の会社は同じながら、当時の劇団とは異なる団体です)

ある日、音楽座出身の女優さんが四季デビューするという情報を聞き、あわてて当時大阪公演を行っていた「美女と野獣」を観に行き、まだアンサンブルで出演されていた舞台を観たこともあります。

濱田さんはその後、順調に出世街道を歩み、入団からわずか3ヶ月で「美女と野獣ベル役に大抜擢されます。このベルが、ちょっとお茶目だけど芯は強い、それでいてお父さん思いの優しさもしっかりと演じていて、わたしの中では「マイベストベル」だと今でも思っているくらいに好きでした。

それから、「キャッツ」でジェリーロラム=グリドルボーン役、「ライオンキング」日本初演でナラ役、「アイーダ」日本初演でタイトルロール、「ウィキッド」日本初演でエルファバ役、「マンマ・ミーア」でドナ役と、大役を立て続けに演じて、四季を代表する女優として15年にわたって活躍されることになるのです。

その濱田さんが、「クレイジー・フォー・ユー」福岡公演のポリー役で出演されていまして、この時は何度も足を運びました。「Someone to Watch Over Me」を情感たっぷりに歌い上げたばかりか、コメディエンヌとしての芝居も抜群に面白く、こんなに踊れる人だったの?と当時は驚いてしまったほど、難しいダンスも見事にこなされていました。

たしか2000年の公演だったと思うのですが、濱田さんが1幕終演後に倒れるというアクシデントがあり、2幕は別の女優さんに変わったということがありました。その公演自体は観に行っていないのですが、四季のサイトの告知か何かで知り、とても心配したことを覚えています。なお、このとき急遽代役を演じた石川ちひろさんも、音楽座への出演歴があります。

この14年前のPVでは、ポリー役を濱田さんと、樋口麻美さんが演じているシーンを一部観ることができます。これも貴重な映像です。

濱田さんも2010年に退団してしまったのですが、その直前に「マンマ・ミーア」広島公演でドナ役を観ることができました。現在はホリプロに所属され、様々な舞台で活躍されています。四季では初演キャストを務めることが多かったため、「ライオンキング」「アイーダ」「ウィキッド」のCDなどで四季時代の歌声を聴くことができます。

おわりに

今回は劇団四季ミュージカル「クレイジー・フォー・ユー」をご紹介しました。当時の四季が上演していた作品としては珍しく、全編に笑いがあふれるミュージカルコメディなので、気軽に楽しめます。

わたしはこの作品で、初めて本格的なタップダンスを観て、踊れるようになりたい!と思ったほどです。そもそも運動神経ゼロなので、踊るなんて無理難題ではあったのですが、踊れなくても観るだけなら誰でもできますし、自分が踊れないからこそ、観て憧れるということもあります。

ある意味、自分にはとても踊れないダンスを観るというのは、いわばファンタジーを観ているようなもので、だからこそ楽しいのかもしれませんね。

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