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海の青の万年筆

誰かがこだわってつくったものが好きだ。
職人の手業がみえる陶器や、利便性だけじゃなくて遊び心や優しさが伝わる掃除道具や文具。手編みのセーター、不便さが「味」として躍動するカメラとか。

「たのしく、書く人。」
町工場の連なる蔵前の通りを進むと、ガラス張りにあたたかな手書きのロゴを掲げたお店がある。
ここは、書くことへのこだわりと想いの集った空間。
カキモリ、というお店。

お店を知ったきっかけは、好きなYouTuber「ふたりclip」のしおちゃんがカキモリさんの透明軸万年筆と、インク、ノートを紹介していたことだった。

「文字を書くのがひと文字ひと文字、楽しいんよ!」

いつか万年筆を買おうとは思っていたものの、ずっと「万年筆ってかしこまった感じがするし、気軽に使えるものではないんだろうなあ」という先入観から手を出してこなかった。
だけど、しおちゃんが紹介してくれた万年筆は軸が透明で、中のインクに陽の光があたると海が透けてるみたいにキラキラする。

ちょうど、小川糸さんの作品「ツバキ文具店」を読了したばかりだったこともあり、私は文具ブーム真っ只中。
師走の激務を乗り越えた私(正しくは、乗り越え予定)への贈り物という名目で、本番と本番の隙間を縫って蔵前に足を運んだ。

カキモリさんでは、生地から選べるオーダーノートや、色を調合してつくるオーダーインク、万年筆やペン、作家さんが丁寧に描いた便箋など、こだわりのぎゅっと詰まった文具を扱っている。

中でも、インクは私の知らない素敵な世界だった。
今回のお目当ての透明軸万年筆は、インク吸入式だったので、必ずインクを選ぶ必要があった。
インクの並んでいる棚の前まで行って、そこから小一時間足を止めていた気がする。そこにいたのは、ころんとした変わった形のインクつぼたち。

”ぽっ”
”とっぷり”
”そよ”
”ことん”
”くるん”

これ、全部インクの名前。
ぜひ実際のものを見てもらいたいのだけど、本当に色からこの音がする。
試し書きをしてみると、止めやはねの時に少しできるインク溜まりの表情がそれぞれ違う。笑っていたり、静かにしていたり。

悩みぬいた末に私が選んだのは、”ざぶん”。
ー波の音が聴こえてきそうな海の色。濃く青く、紙の上を走りながら、大切な思い出を呼び覚ましてくれます。ー

万年筆の主な使い道は日記と決めていたので、これはしっくりくるなと思った。
書いてみると、海の青がやさしくて、その日あった色々なことを洗い流してくれるようで、本当に買うことを決めてよかった。

松尾芭蕉 奥のほそ道

万年筆で書くだけで、日本語が沁み渡るようだった。
年の瀬の波間に、たしかな喜びを見つけた気分。

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