自分の国を知ってもらえているのは特権かもしれない(コスタリカ種蒔日記)

 「こんにちは!ようこそ!」
 受付に並んだとたん、日本語で挨拶された。在コスタリカ日本大使館の職員と、そ
の家族の人たちだ。日本語の響を「なつかしい」と感じるほどコスタリカに来て日が
経った訳ではないのに、聞えてきたのが思っていたより早かったから、心にトンッ!
と衝撃が来た。

 ここは、「日本文化フェスティバル」の会場だ。私がサンホセに来て2週間。場所
は新しく住み始めたシェアハウスのすぐ近く。まるで私のために開かれたみたいだ
が、もちろんそうではない。

 サンホセ市は、日本の岡山県岡山市と姉妹都市だ。その縁を結んでちょうど50年を
記念するイベントなのだった。ちなみにサンホセには「おかやま公園」という日本庭
園があり、桃太郎の銅像があるんだとか。

 私と一緒に来たのは、11歳差のレズビアンカップルであるジネットとカテリン、そ
して2人の親友でスペイン人のアンドレアだ。ジネットとカテリンは、シェアハウス
を取りまとめるリーダー的存在。私の入居を快くOKし、その前後のドタバタ騒ぎに根
気良く付き合ってくれた人たちだ。「味噌って何でできてるの?」から、「原爆につ
いてどう思ってるの?」まで、日本についてわたしにあれこれ質問してくれていたの
で、思い切って声をかけてみた。

 着物に飾帯、木彫りのお面。岡山の民芸品がずらりと並ぶ。ステージでは、はるば
る岡山からやって来た高校生合唱団が、ジブリの歌を歌っていた。岡山の道場から
やってきた武道家たちも、剣道や唐手、合気道の型を見せている。フェスティバルは
2日間にわたり、全部はまわりきれなかったが、アニメや漫画のコーナーや、お茶や
折り紙のワークショップもあったようだ。

 そんな中、コスタリカ人たちにいちばん受けたのはやっぱり食べ物。ラーメンやた
こ焼きの屋台だった。紙の器と割りばしで饗されるそれらに、みんな「おいしい!」
を連発。カテリンなどはその後しばらく「うちにもたこ焼き機を買おう」と言ってい
た。

 自分の国を、みんなが知ってくれているということ。その文化や歴史を、「面白
い」「好きだ」と言ってもらえること。それが特権かもしれないと考えたのは、だい
ぶ後になってからだった。

 たとえば食べ物。よく名前が上がるのは、味噌汁とラーメンだ。お寿司は、スモー
クサーモンやアボカドを使ったカリフォルニアロール的なもの。ご飯のうえにバナナ
とクリームチーズが乗ったコスタリカスタイルは衝撃的だった。

 それからアニメ。「One Piece」や「ナルト」、「進撃の巨人」など、私よりコス
タリカ人の方がよほど詳しくて、私はいつも教えてもらっていた。実際食べ物につい
ても、和食レストランは何軒かあるものの、それよりもアニメを観て知ってくれてい
ることが多い。

 それだけじゃない。サンホセでもたくさん見かける、トヨタや日産、スズキの車や
バイク。samuraiやshinkansen、そしてsakura。2011年の大震災と、驚くような速さ
でそこから復興していること。タクシーの運転手さんの口から、「Aokigahara(富士
山麓の樹海)」の名前が飛び出したときは心底びっくりした。

 Kenji Yokoiという日本とコロンビアのハーフのユーチューバーが、2つの国の違い
を面白おかしく紹介している動画もよく話題に上がる。日本語を習っている人、日本
に行ったことがある人に出会ったのも、一度や二度ではない。

 もちろん中には、微笑ましい勘違いをしている人もいる。日本文化フェスティバル
に一緒に行ったジネットには、何カ月かして「え、日本って島国なの?知らなかっ
た」と言われた。あるタクシーの運転手さんは、samuraiがもういないことに納得が
いかず、「田舎の方にはまだいるだろう」と食い下がっていた。南太平洋の島国フィ
ジーが日本の一部ではないと知って、驚かれたこともある。だけどあれもこれも、日
本についてたくさん見聞きしてくれている証だし、「違うよ」ということでまた話が
盛り上がる。

 みんなが日本について、(私に気を使っていた部分はあったにせよ)こちらがむず
がゆくなるほど良い印象を持ってくれていること。間違いなくそれは、私がコスタリ
カで心地よく過ごせた原因の一つだ。「いやいや、日本にはこんな問題もあってね」
という話もするようにしていたが、でもやっぱり、遠く離れた外国で自分の国を褒め
てもらえるのは気もちがいいし心強かった。

 これがもし、誰も自分の国を知らなかったら?「どこどこから来ました」と言うた
びに困った顔をされたら?ましてや、治安の悪さや政治家の汚職のせいでマイナスイ
メージを持たれていたとしたら?それだけでなんとなくひけ目を感じたり、悔しい思
いをしたりするんじゃなかろうか。それとも、「よっしゃ、知らないなら教えてや
る!」と奮起するものだろうか?

 コスタリカの人が日本に来たらどうだろう。私の経験上、日本人のコスタリカに対
するイメージの代表格は、「軍隊がない」と「珍しい鳥や虫が見られる」だ。そこに
「バナナの産地」や「コーヒーがおいしい」が続く。

 でも、そもそも名前を聞いたことがない、どこにあるのかも知らないという人も少
なくない。そして中米にあることを説明すると、返ってくる反応はたいてい「治安は
大丈夫なの?」だ。「遅れている」というイメージも強いのか、コスタリカでも使え
るようクレジットカードの設定をしてもらった銀行では、「たぶん向うにはATMもな
いと思うんで」と言われた。「いくらなんでもなめすぎだろ!」と心の中で突っ込ん
だが、私だってコスタリカ以外の国のことはとんとわからないのだからおんなじだ。

 日本で暮らすコスタリカ人は日々どんなことを感じているんだろう。もし会うこと
があればぜひ話を聴いてみたい。

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