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ハルとナツ
玄関の鍵を開ける音がした。
夕飯を作る手を止め、ハルはタイミング良く言う。
「おかえり」
靴を脱ぐ音の次は、洗面所に向かう足音だった。手を洗う音、うがいをする音、そして部屋の扉が閉まる音が聞こえた。ハルはその音を聞きながら、夕飯の支度を続ける。
今夜のメニューは、ハンバーグ。
デミグラスソースを温めて、席に着くのを待つ。
「ご飯出来たよ」
ハルは食卓に温かいご飯とお味噌汁を並べた。
食後のデザートにりんごを出そうと思ってたのを思い出してキッチンに戻り、りんごを剥き始め、お皿に盛り付けて、食卓に戻った。
扉は開く気配がない。
"ご飯できたよ"
ハルはメールで知らせてみた。
既読はつかない。
ご飯とお味噌汁から出ていた湯気が薄くなったので、ハルは先に食べることにした。
「ん~美味しい」
手作りのハンバーグは、ふんわりジューシーでとっても美味しい。豆腐とネギのお味噌汁も、ほっと安心する味。シャキシャキしたりんごに手を伸ばした。そして、あたためたジャスミン茶を飲み、美味しかった食事の余韻に浸る。
目の前には、温かさを失ったご飯がある。
お皿にサランラップをかけて、ハルは食器を洗い始めた。茶碗、汁椀、お皿、湯のみ…まな板、包丁と、洗い終えたキッチンは、綺麗に片付いた。
まだ扉は開く気配がない。
ハルは部屋に戻り、ソファに座り本を読み始めた。本を読む時は、心が落ち着くクラシック音楽をかける。今夜はショパン。
区切りのいいところで本を閉じ、ハルはお風呂へ。
頭を洗い、身体も洗い、ゆっくり湯船につかる。
目を閉じて瞑想した。
周りは暗闇。遠くにかすかに明るく見える光。
そこに向かってゆっくり歩いている。
そんな景色が脳内に広がった。
身体が温まってきたので、目を開けてお風呂から出た。
冷蔵庫から冷たい炭酸水を出してひと口飲み、歯を磨き、ドライヤーで髪の毛を乾かす。お気に入りのトリートメントの匂いでリラックスする。部屋に戻り、化粧水を肌に吸い込ませてベッドに潜り込み、ベッドサイドランプを付けアロマを焚き、目覚まし時計をセット。そっと目を瞑る。
「おやすみ、世界」
心身ともに休めようとしたその時、あの扉の向こうから、微かにナツの笑い声が聞こえている。
ハルは「おやすみ、世界」ともう一度囁き、深くため息をついて眠りについた。