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懐かしい夏

群馬には「上毛かるた」というモノがあって、札それぞれに名物名所が取り入れられている。

…これは「ら」の札。
雷と書いて「らい」と読ませる。
群馬は夏の夕立が多く、冬には空っ風も毎日のように吹いているが、義理人情に厚い場所だよ、というような意味。
つまり、群馬の名物。

しかし近年、とんと夕立が来ない。
昔に比較してという意味だが…空っ風もずっと少なく弱くなっている。
義理人情は…ま、群馬だけじゃ無いんだろう。

全国のニュースだと、最高気温だけが取り上げられがちだけど、群馬の夏の恐ろしいところは「夜の暑さ」にこそある。
熱帯夜が続くのだ。

私が中学生だった四十年以上前は、夏の昼下がりには必ずと言って良いくらいに夕立があった。
暑く明るかった空が、次第に積乱雲に覆われて文字通り暗くなる。
あの独特の、湿ったような土臭い匂いが漂うと、大粒の雨が降ってくるのは間近だ。
間も無く、ぬるまっこい温かい雨粒が落ちてきて、やがてそれは叩きつけるような大雨へと変わる。

ドーン!!!と大きな雷鳴が鳴り響いて、人々を凍りつかせる。
群馬での雷は「落ちるもの」であり、確実に被害を及ぼすもので、情緒ではない。
夏の間繰り広げられる自然のスペクタクルだ。

やがて雨は止み、雲は流れて日が差し込んで来る。
すっかりと熱が奪われた大気に風が流れる。
大きな弧を描いて虹がかかり、やがて夕焼けの朱が広がる。

夕闇に暮れた空の下では、蛙の大合唱が始まる。
扇風機の音が唸り、風鈴の音が流れて、どこかから家庭の団欒が伝わってくる。
花火に興じる子供の嬌声、火薬の酢えた様な臭いと、蚊取り線香の香りも混じる。

静かな夜の訪れは、明日の暑さへの褒美のようだった。
あの夏は、最早記憶の中にしか無い。
懐かしい記憶だ。


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