キャサリン妃のこと、自分とがんのこと。

キャサリン妃ががんというニュースは、衝撃でしたね。
私も3年前に子宮がんと言われて、言われたときはそれはもう天地がひっくり返るとはまさにこのことと思いました。
手術で取り出した細胞からがんが見つかりました、と言われたときの、診察室の蛍光灯の変わらぬ明るさ。周りで立ち働いている看護師さんは、なんでこんなに普通に立ち働いているのだろう。癌と言われる前と後、その一瞬を挟んで人生がまるっきり変わったように感じたし、呆然として会計するの忘れて帰ったし、病院を出たとき、景色は何ひとつ変わらないのに来たときと全く違う状況の自分がいて、通り過ぎる人が全員羨ましかった。
何かの間違いじゃないかって何度も思ったし、誰か変わってくれとも思った。
諸々あって、ありがたいことに結局手術せず今に至っているけど、その日から1年くらいは色々な病院で検査をして色々な先生に話を聞いたし、本も読んでがんについて調べ続けた。
結果、今思うことは、がんは今や治らない病気では全くないから、過剰な心配はいらないということ。小さながん細胞は実はできたり消えたりしているということも最近分かったらしいしね。ただ言われたときのあのショックを、小さい子供のいるキャサリン妃が味わったかと思うと、本気で涙が出てくる・・・。
私が思うにがんは、どう考えてもメンタルからくる病気。巷では弟夫婦が心配ばっかかけたから、とか言われてるみたいだけど、ちょっと違うような気がする。ああいう、怒りの混じったストレスから生まれる感じではない、というのが私の実感。怒りって何だかんだ体温あげるし、外向きの勢いのあるところから生まれるものではない感じ。もっとうちにうちに入り込んでくる、ひんやりと湿った感情から生まれる・・・と言っても、分かってもらえないかもしれないけど。
子宮がんって言われたとき、不思議だけど瞬間的によくわかった。我慢我慢で色々なことを飲み込んで、大変なことは自分が我慢さえすればなんとかなると思っていた。でもそれは私の気持ちが我慢して頑張っているような気分になっていただけで、体はどどこも受け入れてくれていなくって、ずーっと下まで降りていって最後の最後の子宮が全部受け止めてくれていたんだと。
ごめん、子宮。無理させて。声も出せずに、必死で耐えてくれたんだよね。
だから医者が、今なら子宮を取るだけで大丈夫、って言ったとき、絶対そんなことしたくないって思った。
これからはうんと大事にしてあげる。暖かい可愛い下着ばっかりつけて、ナプキンだってこだわって使ってあげる。気持ちを飲み込んであなたに押し付けるようなことはもうしない。
この後私の人生は結構ガラッと変わっていくので(今も絶賛激変中)、おいおいゆっくり書いていくとして、とにかくキャサリン妃にはゆっくり休んで、穏やかに過ごしてほしいと思う。そして、あのときは大変だったね、と家族みんなで思い出として話す日が1日も早くくることをお祈りします。もちろんこれは、キャサリン妃だけじゃなくてがんの闘病中の人全てに言えることだけど。

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