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【交換小説】#待ち時間 4

伊藤との出会いは二十年前、高校の入学式にまで遡る。幼馴染が塾で一緒だったといって連れてきたのが確か最初だ。それ以来、同じグループで遊ぶようになったが、年齢を重ねるにつれ、就職で地元を離れたり、結婚して家庭を持ったりして、皆で集まる機会は減っていった。だが伊藤と私だけは未だ独身で、地元に住んでいたから、今も二人でちょくちょく飲んでいた。

しかしそういえば私は伊藤の何を知っていただろうか。飲みの席でも話といえば仕事の愚痴か野球のことばかりで、プライベートについては何も知らない。そもそも同じグループだったとはいえ、友達の友達という微妙な距離感はなんとなくずっと残ったままだった。しかし、だからこそ私が伊藤に恨みを買うようなこともなかったはずだし、私を殺して得になるようなことも何もないはずだ。

眉毛が伊藤に向かって何かを尋ねた。伊藤は黙って頷くと、私のほうへ歩き始めた。「なんで? 俺、お前に何かした?」私は叫んだ。伊藤は無言のまま近付いてくる。その顔は影になっていて見えない。伊藤は私の目の前にしゃがみこんだ。終わりだ。本当に終わる時というのはここまで脈絡がないものなのか。私は身を固くした。と、その時、伊藤が口を開いた。

「実は、来月結婚するんだ」
「……は?」
「子供も生まれるんだ」
「そうなんだ」
それがどうした。思わず口をついて出そうになる言葉を飲み込み、私は言う。
「……おめでとう」
「お前は? 結婚の予定とか? 目標とか? 何か楽しみにしてることとか?」
この状況で何の話だ。しかしここで言い返したら何をされるか分からない。
「ないよ。楽しみにしてたとしたらハワイだよ」
「そうか。じゃあ、別にもう、いいよな」
「いいって、何が」
「俺子供生まれるんだよ」食い気味に返す伊藤の目は完全に据わっている。「生まれるんだよ子供が」
「待てよ、何のことだよ」
するとその時、伊藤は突如立ち上がると、私を指差し眉毛に向かって叫んだ。

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