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【ぼくの思い出#05】ぼくとベトナム、日本とバオ君5

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ぼくが高校2年生のとき、クラスにベトナムからの留学生がやってきた。

名前をバオ君といった。

彼と過ごした期間はたった1年間だったけど、彼はぼくに多くのものを残してくれた。これはそんなぼくの思い出話#05(最終回)だ。ちなみに、これまでの話を読んでいなくても分かるように書いてあるけど、全部読んでくれるならもちろんうれしい。


ー 5 ー

バオ君との日々はみるみる過ぎて、なんとベトナムに帰る日も一週間後に迫っていた。そして、バオ君が学校に来る最後の日もあっという間にやってきてしまった。

朝学校に登校するとバオ君はもう教室にいて、いつも通り挨拶をした。今日が最後の日だとわかっていたけど、不思議とぼくはそこまで悲しくなかった。たぶん、別れの意味を軽く考えていたからだろう。
当時のぼくには、ベトナムの遠さがまだよく分かっていなかったのだ。世界地図でみたら意外とすぐ近くのように感じて、彼とはまたどこかで会えるかも…だなんて漠然と思っていた気がする。

要はぼくは幼かったのだ。

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最終日のその日、バオ君は体育館で行われる全校集会でスピーチをすることになっていた。
集会の直前のこと、体育館に向かう途中で彼はぼくに話しかけてくれて「ぢぇぃ、ドキドキするよ」だなんておどけていたが、ぼくはきっとバオ君ならしっかりやるに違いないとそう思っていた。


司会の先生の号令で全校集会がはじまった。まずは校長先生からバオ君に関する紹介があって、その後にバオ君の番になった。
ステージ上の演壇にビシッと立ち、全校生徒の前でスピーチする彼を、ぼくは体育館の床に座って見守った。

バオ君は用意してきた紙を見ながらこれまでの学校生活を振り返りつつ、喜びや楽しさ、悲しみや辛さなどを話していった。1年前と比べたら、彼の日本語はめちゃくちゃ上手になっていた。もちろん所々おかしいところもあったけれど、スピーチはとても堂々としていて、彼の発する一つ一つの言葉がぼくの中に染み込んでくるようだった。

そして、スピーチの終盤になった時。
バオ君はこれまで見ていた紙をポケットにしまうと、こう締めくくった。

「ぼくは日本の素晴らしさを知るベトナム人であり、ベトナムの素晴らしさを知る日本人であると自負している。日本に来れてよかった。そしてこの学校に来れてよかった。日本が、みんなが、そしてあなたのことがことが⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎好きです。ありがとう」


「自負」だなんて言葉、日本人でもなかなか使わないよ。あと「ことが」の意味を、またウソを教えちゃってごめん。
そう思いながら、ぼくは溢れ出る何かを抑えることができなかった。


こうしてバオ君はベトナムに帰っていった。


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とりあえずここまででぼくの思い出話はおしまいだ。いつか再会したい。そう願い続けてもう20年以上経つけれど、残念ながらその願いはまだ叶っていない。でもきっと彼のことだからしっかりやっているに違いないと、そう思っている。

ぼくはバオ君から大切なことを教えてもらった。
それをさらに次の世代へつなぎたいと考えている。

さて、仕事の続きに取り掛かろう。
そう思ってお茶をひと口飲んだら、ちょうどパソコンにメールが届いていた。


ベトナム支社からの連絡だった。


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イラスト:アリエル



ーーおしまいーー


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100円→今日のコーヒーを買う。 500円→1時間仕事を休んで何か書く。 1,000円→もの書きへの転職をマジで考える。