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マスク着用を義務化していないのでマスクが終わらない

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このブログでは、2019年7月にうつ病を発症し、それをきっかけに同年12月からブログを始めて、それ以降、700日以上毎日ブログ更新してきた、しがないサラリーマン弁護士である僕が、日々考えていることを綴っています。

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【 今日のトピック:マスクは終わらない 】

コロナによってマスクを日常的に着用するようになって久しいですが、まだまだ、マスクを着用する日々が続いています。

「まだマスク着用しなきゃいけないの・・・」と思っている方も少しずつ増えていると思いますが、結論から言うと、マスク着用は、おそらく、かなりの長期間にわたって終わりません。

そもそも、どうしてみんなマスクを着用しているのかというと、「みんながマスクを着用しているから」です。

それ以外に理由はありません。

マスクの着用を義務づける法律はありません。

別に、電車内や屋内でマスクを着用しなくても、それが取り締まられることはないのです。

だから、今この瞬間から、マスクを外して過ごしても、違法になりません。マスクを外してもいいのです。

にもかかわらず、誰もマスクを着用しないのは、、「みんながマスクを着用しているから」です。

例えば、風呂に入らなくても、それを取り締まられることはありませんが、周りの人間は臭くてたまりません。

お風呂に一切入らない人と、同じ空間にはいられません。風呂はいらないことは犯罪ではないし、取り締まられることもありませんが、しかし、お風呂に入らない人は臭くてたまらないので、社会的に排除されてしまいます。

徹底的に社会的な動物(=人間関係ナシでは生きていけない動物)である人間は、社会的に排除されたら生きていけません。

ええと、もちろん、一切の人間関係を断ち切っても、生きていいです。

毎月、生活保護費を口座振込でもらいながら、全く店員さんと話さずに食料を調達しつつ暮らすという生き方を、僕は否定しません。

というか、この世界には、社会性を持たない生物は腐るほどいます。

ヒト(ホモ・サピエンス)という種全体の特徴として社会性があげられますが、しかし、ひとつひとつの個体で見ると、社会性を持たない個体がいてもいいと思います。

一般的な特徴とは異なって、社会性を持たない個体が生まれたっていいです。それが「多様性」です。

とはいえ、圧倒的多数の人たちは、人間関係ナシでは生きていけません。

だから、「みんな」がマスクを着用していたら、同じようにマスクを着用するしかないのです。

マスクがエチケットとしての地位を確立し、しかも、そのエチケットのランクが極めて上位なので、もはや、マスク着用せずに歩いているのは、パンツ履かずに外出するのと同レベルです。

パンツを履かずに外出しても、基本的に他人からは見えませんが、なにかの拍子にパンツ履いていないことが他人にバレたらめちゃくちゃに恥ずかしいですよね。

マスクを着用しないと、それと同じレベルの恥ずかしさがあると思います。

みんなが従っているエチケットに、自分だけ従っていないと、徹底的に社会的な動物である人間は、「恥ずかしい」と思ってしまうのです。

で、ここからが大問題なのですが、マスク着用が、外国では法的な義務となりましたが、日本では、法的な義務ではなく、あくまで「エチケット」止まりでした。

そうすると、エチケットがエチケットでなくなるまで、マスク着用は続きます。

マスク着用が法的な義務であれば、法的な義務が解除されれば、マスク着用がエチケットでもなくなります。

こういう感じで、法的義務を消滅させるのに伴い、エチケットを消滅させることができますが、日本では、この手法はとれません。

マスク着用がかなり上位レベルのエチケットとして定着してしまったのをひっくり返すのは、めちゃくちゃに難しいです。

現代人は、洋服を着て皮膚を隠すのがエチケットとなりましたが、これをひっくり返すのは、ほぼ不可能なのと同じです。

もしかしたら、マスク着用が、洋服を着るのと同じくらいのエチケットになっているかもしれません。

え?そこまでのエチケットじゃないでしょ、と思いました?

だったら、このエチケットを一緒に消滅させましょう。エチケットをエチケットでなくさせるために自分ができるのは、「みんな」の一員となっている自分が、そのエチケットをやらないことです。

ただ、いきなり、屋内でも電車内でもマスクしないというのは、恥ずかし度合いが高すぎるでしょう。

しかし、屋外でマスク着用しないのは、少し、「エチケット」から外れてきていませんか?

マスク着用をなくすには、「ここでマスクしなくてもエチケット違反じゃないでしょ」という場所で、積極的にマスクを外していくことが必要です。

いつまでもマスク着用がエチケットになっている世界は、やっぱりおかしいと思います。

とはいえ、先ほど書いたとおり、マスク着用義務がそもそも存在しないので、マスク着用義務を解除することによって、エチケットからも外すという方法はとれません。

だから、マスクがエチケットでない範囲を少しずつ広げていくことで、だんだんと、マスクがエチケット「でなくしていく」しかないのです。

はあ。めちゃくちゃに長い道のりだと思いますが、この方法でしか、日本社会は脱マスクできないと思いました。

おそらく、「いつまでもマスク着用が続くのはおかしい」というのは、共通理解だと思います。

「いつまでもマスク着用が続かなきゃいけない」とは、堂々と言えないでしょう。

だから、「いつかは脱マスク」と、思わなきゃいけません。いつの日か脱マスクが実現することは否定できません。

脱マスクを実現するのを否定するのはオカシイので。

そうすると、来るべき脱マスクに向けて、少しずつ外堀を埋めていく必要があります。

・屋外でマスク着用しなくていいよね

・室内でも、離れて話せばマスク着用しなくていいよね

・アクリル板があれば、マスクいらないよね

・室内でも、いつも一緒にいる人たちならマスクいらないよね

こんな感じで、少しずつマスク着用が「エチケット」となる範囲をせまくしてきながら、コロナウイルス自体の危険性を減じていく(感染力が強いだけで、重症化しない風邪みたいなものと考えるようにしていく)ことになるのでしょう。

・コロナウイルスって、そんなに危険じゃないよね
・マスクがエチケットの範囲も少しずつせまくなってきているよね

この2つが少しずつ進んでいって、脱マスクが実現すると思います。

はあ。道のりは長そうですが、僕は諦めたくありません。人間は、マスクなんかせずに顔を突き合わせる生き物なんです。

そこはぜったいに忘れたくありません。

それではまた明日!・・・↓

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