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当分はもちそうです

コラム『あまのじゃく』1962/11/23 発行
文化新聞  No. 4378


強がりの裏にヤヤ心配

 主観    吉 田 金 八

 一、二回健康上のことを書いたら二人ほどわざわざお見舞いに尋ねて来られた方があって恐縮した。
 来てみたら、本人は平常と変わらないように元気いっぱいにしているので安心されたらしいが、それにしても、その一人の方が提げて来られたのが一升瓶で、本当に病気になったのを見合うというより、元気をつけさせようとのご親切と受け取った。
 しかし、久しぶりだから、我が社の印刷設備を見てください、と工場に案内して、いろいろ説明したが、紙型・鉛板の重い機械を『こういう風にやるんですよ』と動かそうとしたが、たちまち腰に応えて「アッ、イタタ」とばかり、全く意気地のないところをお目にかける始末であった。
 昨日は、女房が平台印刷機で袋を印刷しているのを手伝うのが面白くて、外の仕事や仏教会の大会に呼ばれているのを他のものに代理させて、午後はそれにかかり切った。
 かさばる材料なので、そばに助手がいて次々と機械の所に材料を運んでやったり、刷り上がったものを取り除いて、箱詰めにして現場を整理してやると女房の能率が3倍くらい上がる。
 ガタンゴタンと音のする毎に飛び出してくる刷物が、皆お金になる、千円札を刷るのと同じである。しかもこれは公然と出来ることで、しかも注文者に喜ばれる。実に楽しい「こんな面白いことをやっていては、脳溢血になるまい」と晩酌抜きの軽い夕食で9時頃までやってしまった。
 入浴してベッドに潜り込んだが、どうも一回晩酌を抜いたのが心残りで、 納豆を肴にウイスキーを舐めて、陶然とした気分でテレビを見ながら寝についたが、「こんな風に寝床の中で酒を飲むのなら、急に心臓麻痺が来るようなこともあるまいし、また来たところで安楽往生は出来るだろう」と考えるところなど、死生を超越した様なことを言う口の端から、やはり脳溢血を恐れる気持ちが働いているのであろう。
 この二、三回、お耳苦しい病気のことなどを続けて恐縮です。
 気にすれば気にならないこともないが、さて、そんなに急に参りそうもない近況を申し上げてご安心を頂きたいと思います。 


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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