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日暮れて道遠し

コラム『あまのじゃく』1957/2/18 発行
文化新聞  No. 2461


時間が欲しい‼「ポンコツ自動車いじり」

    主幹 吉 田 金 八 

 顔は爺むさい事は自分でも承知しているが、気分は若いつもりでいた。
 病気ということは、若い時肋膜をやって一年遊んだ事があるくらいで、以後ほとんどロクな病気をしたことはなく、『お丈夫ですね』と頑張リズムを他人に羨まれたのはつい一、二年前のことである。
 しかし、歳は争えないもので、最近痛切に「48歳の抵抗」を感じることは如何せん哉である。
 3、4年前に買った34年式ハーレーの750ccが、未だにロクな修繕をしないのに調子が良い。
 この車は西日本一周、信州一周などずいぶん乗り回した代物だが、エンジンのボーリングはおろか、バルブリングすらしたことがないのに、乗っていて夢心地になるぐらい快適で、『これで最後の思い出に北海道一周をやってみようか』という誘惑を感じるのはしばしばであるが、一日、二日の遠乗りでも肩がこって、寝床に着くとウンウンう唸るような始末では、車の方は自信があっても体に自信がなくなった。
 老眼鏡なしでは新聞も読めないとあっては、『老いぬるかな』の嘆きも深い。
 かなりやりたいことはやって来た方だが、金に任せてやれる身分ではないので、自分の体を絞って好きなことをやろうとするのだから、毎日毎日が全く忙しい。
 この頃8ポイントの新聞活字(大新聞と同じ型)の鋳造を始めているが、これとて私は唯一人の鋳造工なので、暇を見て機械を動かしているが、全部完成するまでにはふた月、み月かかりそうだ。
 その合間に自動車屋の真似事である。
 自動車をいじるのは私には仕事でなくて道楽なのだから、油だらけになって車をいじっている間が一番楽しい。
 いま手掛け始めたのは、一度よそに嫁入りしたのが、その家で散々乗り潰して鉄くず代の18,000円で本家帰りした、やはり36年のダットサンである。
 自分が48歳のせいか奇体に手に入れる自動車も中老過ぎた年齢であるのも面白い。この車はトコトンまでイカレているので、思い切った大改装がやり良い状態にある。
 最近の自動車が必要以上に贅沢化していく傾向に反発して、ただ安全に走りすればよい、簡単で余分なものは一切ない、戦時中のトラックの様なものに改造するつもりでボツボツやっている。
 良き助手になる次男坊が、高校を終えて、向こう見ずにも東大を受けることになったので、この試験が一段落しないことには修繕用の助手をやってくれないから、親父の作業も当分は進捗する見込みがない。
 このほかにも手をかける車が2台ほどある。だから、計画は日暮れて道遠しの感が深い。
 毎日、新聞の取材に追われ、寸暇を見て印刷設備の一歩前進を考え、さらに自動車いじりの趣味をエンジョイするのは全く容易ではない。
 今までは、毎日の時間の短いのを託ったものだが、最近では時間よりも体力の乏しきを恨む始末である。
 それに何年経っても本仕込みでない悲しさは、難しい技術の面で壁に突き当たり勝ちで、自動車工も印刷工も一年生であることである。
 原子力発電やオートメーションの時代に、まるで野鍛冶のような原始的な仕事をやっている訳だが、それですら、あと何年、何十年経ったら野鍛冶の親方になれるのやら、実際間怠い話である。


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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