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ニセ札と廻り道

コラム『あまのじゃく』1962/10/7 発行
文化新聞  No. 4278


田舎のシャーロックホームズ⁇

    主幹 吉 田 金 八

 ニセ札問題に関しては、私はしばしば所論を発表して、当局に犯人追求の示唆を与えた。
 その要点を列記すれば…
① 偽札は当局の考えている以上に大量に作られて日本国内に持ち込まれ、真券とほとんど変わらない精巧なものであるから、一般は勿論、市中銀行の専門家ですらニセ札と真券の判別がつかず、真券と混じって流通している。② 発見されるのは三月、半年流通のあと、もみくちゃになったり切れたりして廃券として日本銀行に持ち込まれた時に、ニセ札と鑑別されたものが大部分であるから、発見された時点からの行使者の遡及捜査では本源の犯人は割り出せない。
③ 警察の科学捜査とか科学研究〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇たよりにな〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇犯人割り出しは期待できない。要すれば警察だけではこのニセ札は追い出せないから、民間人全部が特別捜査官になったつもりで、全国に眼を光らせ逮捕に協力する。
 また、このままでいくと紙幣の信用、経済の破滅になるから、犯人一味の前に頭を下げて『その罪を問わず、一生食うだけの金をやるから、仲間と仲間を裏切って名乗り出よ』と報奨金を1000万から1億くらいまで奮発せよ。の三点にあった。
 私の所論はその後における発見の続発、遡及捜査が何ら効果を上げておらず、当局が完全にお手上げであるところからしても適切な示唆であったことが裏書きされている。
 しかもこの『親切にして先見的な』私の意見のうち、採用されたのはわずかに報奨金制度だけで、それも発見者に3000円という、ミミッチイもので、当時二,三の協力者が出て数日賑わした程度に終わってしまった。こんなことでは効果がないと気づいた当局は、「犯人の手掛かりをつかんでくれた人には、10万でも100万でも出していいという」(10月6日付=毎日新聞特集幻の犯人を追う記者座談会B記者談)と小刻みに自信を失って音を上げて行くようだが、こんな体面に捉われている様ではなかなか本拠は追えまい。
 当局は未だに犯人自身が、もしくは人を使って直接行使しているように思い込んでいるらしいが、これが根本の誤りで、犯人は巧妙な方法で一時にドサッと流通過程に乗せて知らん顔をしているので、タバコ屋等の小売店に現れるのは三月も半年も経っての最後の末端、善意の人がニセ札と知らずに堂々と使っているのである。
 『ニセ札、佐野市に現わる』で、犯人は〇〇線を使って「どう、こう」のと大新聞までが田舎検事のような記事を書いているが、佐野市に行って千円札を震え震え使うのでは、犯人がどこにいるか知らないが間尺に合うまい。
 発見された数が230枚余枚、潜在数が500枚と踏んでいるらしいが、その総額は50万円、全国(と言っても現在までに発見されたのは大阪以東32都府県に過ぎないが)こんな範囲をニセ札で旅行したらとても50万円では上がるまい。
 こんな見方に立っていては、いつになっても犯人は上がらない。また警察の科学捜査というのは顕微鏡で調べることだけらしいが、これでは科学が泣こう。
 印刷インキの乾燥度から製造日時を印刷後何日間という風に鑑別できないものか、イオンとか電子とか大分発達している時代なのだから、その光線を当てれば印刷後、何日位とかいうことが目盛りに出ないことはあるまい。これが判れば各地の発見日時と製造月日との統計が出て流通の過程も想像がつく。
 公開捜査で聖徳太子を「太」の字の上が欠けたのや、「徳」の字の「四」が違っているのを指摘したらすぐそれを訂正した物が出て、地下印刷所は近いと言うように意気込んでいるが、私はこうした思い込みが間違いだという考えを捨てない。
 いろんな記号を発見したから、すぐ違うのを出すというのではなく、偶然次々と異なるものが発見されたに過ぎず、犯人は決して警察の後を追っているのではなく、その半年も前にいろんなものを出しているのだという考え方を持つことも必要ではないか。
 大新聞も相当焦ってA紙が科学研究所で印刷中に付けられた指紋が発見されたから、捜査もヤマだと書けば、B紙は「あんなものは何にもならない」と打ち消す。
 新聞は小さいが本紙の意見は大新聞に負けない〇〇のあるものだとの自信が強い。
※ 〇〇の部分は元原稿が判読不能のため伏字で表示します。 


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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