見出し画像

見直される割岩淵

コラム『あまのじゃく』1963/9/29 発行
文化新聞  No. 4579


期待される”観光飯能”の未来 

    主幹 吉 田 金 八

 昨夜東京の知人から電話があって、今度の週末に運送会社に勤めている同じ職場の友達7,8人で飯能に遊びに行きたいから、旅館を予約しておいて貰いたいとのことであった。
 予算は夕食抜きで千円宛位とのことで、とても熱海、鬼怒川温泉という訳にはいかず、飯能あたりでなんとかという旅行プランらしかったが、世の中にはこうした大衆層が相当いるわけである。
 覧山荘がこうした宿泊には一番手頃であろうからと、問い合わせたが12月近くまで週末は全部予約済みだとのことで、さもありなんと思った。
 来る人の職柄、気持ちを考えて適当な旅館を予約したが、レジャーブームに乗って貧富それぞれに、手頃な行楽計画を立てて実施しているのが最近の傾向である。
        〇
 金子旅館の別館の工事が進んでいる。
 ある人に勧められて現場を拝見した。 その前に対岸の河原町に住む知人から「素晴らしい場所で河原から見たら誠に立派で割岩淵に景観を添えるでしょう。 工事中、夜間作業の折には、電光で建物が映える状態は全く見事でした」と言われたが、実際に行ってみて、川岸の岩からコンクリートの柱が突き上げて、中段が浴場、その上が客室、広間の配置等を見て、こんなヤブカサのような地帯も、この建物が出来上がったらさぞかし立派になるだろうと思った。
 建物からの見晴らしが絶景で、左の方河原町から天覧山にかけて、前方は町田市長の屋敷の一帯、特に右方の割岩にかけての川岸の緑が特に良い。
 浴槽に浸りながら、この景色を眺めたら天下の湯治場に何等遜色ない気分だろうと思った。
         〇
 この金子旅館別館は岩清水と命名されるらしいが、これができれば名栗川岸には清河園、雨だれ荘と三軒の温泉旅館が並ぶことになり、山の覧山荘、東雲亭がさらに豪華な洋館として改装・落成し、これだけでも一応観光地としての面目は整うことになる。
 この傾向は今後いよいよ増大して、そのうち矢颪、大河原間の回遊道路も完成し、割岩両岸に大きな旅館が軒を並べる日も遠くないような気運になっている。
 そうしたことが実現して初めて「あんな所がこんなにまで立派になるのか」と、今更に見直す事になるのであろうか。
 金子旅館の新館の土地の選定は、確かに開拓者的先見であり、全く敬服に値するものがある。 
※ イラスト写真は鬼怒川温泉郷(ファイルとして使用)


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?