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自由なき保守の世界

コラム『あまのじゃく』1955/4/3 発行 
文化新聞  No. 1764


談合選挙もそろそろ限界に‼

    主幹 吉 田 金 八 

 飯能市の場合、保守派はいつの選挙でも独走を策するのが通例である。 かつての細田、平岡両代議士の2回にわたる国会選の軋轢などもその最たるものである。
 限られた地盤とか小選挙区で定員が1名などという場合に対立候補が出なければ、候補者はどんなバカでもチョンでも押し出しトコロテン式に当選するのだから、独走こそが一番候補者には都合のよい方法である。
 しかもその独占候補者を決定するのは、市の主だった顔役数名だけのお手盛りで出来ることなので、 人間誰しも安易な道を選びたいのが自然であるから、いつの場合でもその方法に持って行こうとする。
 しかし、この頃は市民も大変苦労して利口になってきたし、保守党の間にも百人百色、好みも主張も色々とあるので、お手盛りの独走は許されなくなって来た。
 だから出たいと思う他候補を、色んな悪どい手を使って引込ませた場合に限って、当確候補自身が落選する様な天の配材を被っているのは皮肉である。
 土台、憲法で認められた個人の自由を、あらゆる手枷首枷を利用して押さえつけ様とするなどの不合理、非立憲性は新しい感覚と政治意識を持った市民の顰蹙を買い、手厳しく批判されるのが当然である。
 私の見るところでは、保守の世界には本当の自由はないのではないかとさえ思われる。
 せっかくAさんが代議士か市長か県議選に出ようとしても、Aさんに出られたのでは当選覚束ないBさんがいた場合、しかもBさんは金があるとか、事業が大きいとか、いわゆる保守の世界に権力で君臨しているような場合には、Bさんに忠義立てして、Aさんを立候補させない様な工作があの手、この手で行われるから面倒だ。
 Aさんが無理して出ようとするならば、Aの親類のCの手形が銀行で割れなくなったり、Aの兄弟の事業の得意先が失われたりする様な、陰険なあの手、この手がAさんに襲いかかってくる。
 だから大概、意志強固でない限り、普通のものは憲法では自由であるべき政治参与の自由を放棄せざるを得なくなってくる。
 そこへ行くと革新の世界は自由である。
 私は前回の飯能市長選に立候補しながら、その際一人の他人にも気兼ねをする必要はなかった。
 その時の競争相手の町田現市長にも、遠藤次点候補にも虚心坦懐、選挙中すら何らのわだかまりも感じた事はなかった。
 新聞はだいたい在野党的のものだから、権力の座に坐った町田市長には是々非々で、時折言い憎い遠慮のない事も云ったり書いたりするが、いささかなりとも敵意を感じた事などない。
 遠藤氏も珍しい位さっぱりした人だから、何等のわだかまりもない。
 私は戦いは斯くあるべきであると思う。
 それにまた、私はおそらく何人にも真似のできない自由人だから、立候補に際して、誰に相談する事もないし、気兼ねすべき相手は一人もいない。もちろん恐るべき相手のありよう訳はなく、月に何万円新聞社に広告料を払う相手でも、私の行動には一片の拘束を与えない。
 昨日、信用金庫で市川さんにお目にかかった。 候補者が乱立するのは文化新聞が自由主義、民主主義を煽るからだと思ってでもいるのか、市川さんの表情にこわばったものが感じられた。 なんとなくよそよそしい。こっちはそんな事にはお構いないから、ストーブを真ん中に『出たい人はどんどん出て、野球の試合でもやるつもりで朗らかにやるのが良い』と持論をまくし立てる。
 居合わせた平沼伊兵衛氏に『この前市長選の時には平沼さんから金を借りたが、今度間違って私が出るような事があったら、さすがの平沼さんも貸してはくれないでしょう』と話しかけた。 平沼さんは市川さんの友人で、同じ信金の役員である。
 『文化さんは信用があるから貸しますよ』と言ってくれた。
 敵に塩を貢ぐという武田・上杉の故知もある位だから、市川さんが相手候補に選挙資金を貸してやる位の度量があったら面白いであろう。
 もっとも、その位なら下手な競争相手が出ても動じない戦績を上げられてあろうが……。
 選挙戦というくらいで、選挙は試合でなしに戦いかもしれないから、敵を利する人間的な襟度すらもいけないというかもしれぬが、それなら戦いに手段を択ばず、ただノックアウトすれば良いプロレス式もどうかと思う。 


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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