43. 戦慄
いつもこっそり抜け出す時は、素っぴん。
部屋着のままで上からジャンパーはおるだけ。しかも、時間は10分程度。
万が一、夫に見つかった時に言い訳できるからだ。
ただ逢いたい。
それだけだったから、蓮の顔を見て、ぎゅうっとしてもらったら安心してすぐに家に戻っていた。
その夜も、いつもどおりちゃんと夫のイビキを確認してから、こっそり家を抜け出した。
でもその日は、第4週の金曜日だった。
毎月、最終金曜日は、彼の奥さんは娘を連れて実家に帰る。
そして土曜日に遅れて彼も奥さんの実家に行くのが恒例。
その日ももれなく、奥さんは実家へ。
だから、蓮も早く家に帰る必要がなかった。
いつもより長く一緒にいれることが嬉しくて、この夜私は、わりときちんとした服を着ていた。
ニットとスカート、そして、きちんとしたコート。
今までばれなかったので、つい油断した。
蓮は、毎日バイク通勤。
だから、夫と別居中は、彼のバイクは置いて、いつも私の車ででかけていた。
でも、夫が帰ってきた今、車は出せない。
『あかりさん、バイク乗ってみる?』
私は怖がりなので、スピードが早いものは嫌い。その頃は、高速道路も運転できなかった。ジェットコースターも乗れない。
原付すら乗りたいとは思わない。
当然、バイクなんて一生乗ることはないと思ってた。
だから人生で初めて。
まさかバイクに乗る日が来るなんて。
すごーく怖かったけど、蓮が大丈夫って言うと、なんか乗れる気がした。
蓮の背中にぴったりくっつき、彼のお腹に手を回す。
私の手の上に、蓮が右手を重ねる。
『行くよ!』
私の手を上からぎゅうっと強く握ってくれる。
その瞬間、凄い音と共に…風を感じた。
すごい!!
こんな風は、初めてだった。
身体がフワッと軽くなり、まさに、体中で風を感じる。
体にまとわりついている、いろんな感情がするするほどけていった。
夜の風が身体の中を通り抜けていく。
気持ちいい。
真っ赤なテールランプの中をすいすい通り抜けていく。
めっちゃ、気持ちいい。。
『な?大丈夫やろ?』
信号で止まった時に振り向いてくれる蓮。
「うん!」
更に力いっぱい蓮の背中にしがみついた。
なんか、どこまでも、走れる気がした。
このまま、夜の暗い空気の中に溶けてしまえばいいのに。
そう思いながら、次々に後ろに去っていく景色をぼんやり眺めていた。
うちの近くまで戻ってきた。
バイクが止まると、瞬く間に、夜の静けさに包まれる。
バイクを降り、顔を合わせて微笑みあった。
「すっごい気持ち良かった!」
自分でも顔が紅潮してるのが分かった。
寒いからなのか興奮からなのか。
蓮に、にっこり笑いかけ、そばに歩みよろうとしたその瞬間。。
私の携帯が、鳴り響いた。
一瞬にして、微笑みが凍りついた。
嘘でしょ……。
おそるおそる開いた携帯。
……やっぱり、夫だ。
しまった。
家にいないのがバレた。
携帯を見つめてたら着信音が切れた。
え?
携帯を持つ手が震えた。
なぜなら、10回以上の着信履歴があったからだ。
やばい!どうしよう…………。
当たり前だが、バイクの音で、電話なんて全く聞こえなかった。
まずい。非常にまずい。
さすがに、蓮も凍りついてる。
『それだけ着信入ってるってことは、絶対、旦那さん、近所中あこさんを探してるはず!
一緒にいるとこ見られたらまずい!
とにかく、戻って!』
別れの挨拶もせずに、蓮は急いでバイクにまたがった。
私も、とにかく急いで家に向かった。
しばらくすると、また電話が鳴った。
蓮のいう通り、仮に夫が私を探しまわっていたら、私の携帯の着信音が夫に聞こえるかもしれない。急いで私は、電話に出た。
『もしもし!あこ?!おまえ、何処におんねん!!』
「あぁ、ちょっとLAWSON行ってた。電話、マナーモードになってたわ…ごめん。」
『…俺、さっき、LAWSON行ったけど。』
「あれ…行き違ったんかなぁ…。
今、帰ってるからもうすぐ家着くよ…」
『おまえ、どの道通って帰ってきてるん?』
「えーっと、なんて言うたらええかなぁ…。ってか、もう家着くから…」
そう言って、私は走り出した。
とにかく、暗闇の中を走った。
なぜなら、
私は、LAWSONとは逆の方向から家に向かっていたから…。
まずい。非常にまずい。
見つかったら、嘘がバレる…。
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