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NODA・MAP 舞台「兎、波を走る」


夏に見た舞台のレビューです。

directed and written by 野田秀樹
Starring:高橋一生、松たか子、多部未華子、秋山菜津子、大倉孝二、山崎一、野田秀樹

「不条理の果てにある海峡を、兎が走って渡った・・・(中略)・・・僕はその一羽。不条理の果てからアリスのふる里へ、とりかえしのつかない渚の懐中時計を、お返しに上がりました」

という高橋一生さんのセリフで始まり、そして、ラストで同じセリフが出てくる。
「とりかえしのつかない渚の懐中時計を・・・とうとう・・・お返しすることが・・・叶いませんでした・・・」と。

これを書きながら、ミスチルのNew Album「I MISS YOU」の中の曲「ケモノミチ」を聴いていると、めっちゃリンクしてしまうのにびっくりした
♫誰にSOSを送ろう  匿名で書いた鈍い痛みを 眠れずに独り目論む 「仕返し」だけが希望 声もなく叫ぶよ♫

もう舞台が終わって数ヶ月経つ・・・
前回の野田秀樹&高橋一生のNODA・MAP「フェイクスピア」と同様、今回の「兎、波を走る」も、日本で実際に起きた「TRUE STORY」を元にしている。
「フェイクスピア」は過去の飛行機墜落事故だが、「兎、波を走る」は現在もまだ解決していない北朝鮮拉致被害者が主人公なだけに、とてもドキドキする展開だった。
何度も何度も、アリス役の多部未華子さんも、アリスの母役の松たか子さんも「ドキっとした」という台詞がある。
現実に当事者・当事者家族が現在もまだ苦しんでいる中でのこの舞台だから、ほんとに「ドキドキする」というか、胸が痛くなる瞬間がいっぱいあった。

にもかかわらず、喜劇仕立てでもある。
大倉孝二さんの動きやセリフは最初から何度も何度も笑いを誘う・・・
コロナ禍最中の「フェイクスピア」ではあまりなかった、客席にものすごく近い位置まで張り出しての倒れ込んだり、セリフを言う場面など、距離の制約が緩和されて、舞台はとても自由闊達な展開だった。
NODA・MAPの場面転換、今回は、舞台の両サイドに太い麻縄を張って、それを縄跳びを回すようにいろいろ動かして、波の動きを表現したり、バチっと張った音をたてて、「分断」を強く印象付けたり・・・

不思議な国のアリス・・・もモチーフになっているので、大きな時計、振り子、懐中時計、そして穴・・・穴に落ちる、穴から出る・・・を金属の輪っかを使って見せるのはなかなか唸らせられた。

そして、松たか子さん・・・
この方の舞台を生で見るのは初めてだが、なるほど、凄い!
声も見事に張っていて、聞き取れないってことが全くないし、動きも静かなシーンも目が釘付けになるほど、説得力がある。

兎・・・USAGI、そしてアナグラムとなったとき、北朝鮮の工作員としての姿が次第に表に出てくる。
元・女優役の秋山さんがいう「私は昔、ここで見たアリスの舞台を見たいだけ」だった・・・そんな懐古の話だったのに、過去に起きた、とりかえしのつかない事件の場所でもあった。
そこに「兎を見てしまった」だけのアリスが巻き込まれてしまう・・・

最後に流れるドボルザークの「新世界」の第二楽章「ラルゴ」
♫遠き山に陽は落ちて・・・♫と歌われる有名な曲・・・その曲が鳴ったら帰ってくるはずの娘が・・・あの日を境に帰ってこなくなった・・・
そして、工作員だった男もまた、当局からは「そんな男はいなかった」になってしまった・・・
「イムジン河」の曲が流れる・・・
兎の方も、その国に今も生きてるのかどうかも分からない・・・全て、夜の海の波の中に・・・
そして今もアリスの母は、待っている・・・
そしてアリスはあのとき、何回、何十回、「お母さん! お母さん!」と叫んだだろう・・・
見知らぬ場所に連れて行かれ、まだ14歳の少女に何が抵抗できただろう・・・
そのうち、自分もまた母となり娘をもった・・・でも、その後、アリスは帰れないままになっている・・・

最初は笑って笑って見ていた舞台が、最後にはこんなにも胸が締め付けられるなんて・・・ほんと、舞台の力ってすごいなぁとつくづくと唸らせられました。生身の人が目の前で肉声で語り、動き、汗がライトに光って、それと同じ場所にいて、その物語に没入して、時間を過ごす・・・

ライブの魅力、ライブの力は、やっぱり、生身でそこまで足を運んで見に行って体感する・・・これがたまらない魅力だなぁ。病みつきになっちゃいます。

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