ミラーリング・ラブ #夏ピリカ応募
二月二五日
閏年とは何年に一度やってくるのだろうか。確か四年に一度だったか。四年に一度と言えばオリンピックだ。
非日常故に人はその日が来るのを楽しみにする。今日はまさしく非日常だった。出会ってしまったのだ、僕の運命の女性に。三十二歳になって初めての感覚だ。オリンピック八回分の衝撃が今日の出会いに詰まっている。
果たして彼女にどうやってアプローチしようか。頭を整理するためにも、こうして日記を書き記していくこととする。
三月一日
彼女の働いているカフェへコーヒーを飲みに行った。狭い店内で三時間粘って、彼女から声も掛けてくれたが会話は弾まなかった。
サラサラのロングヘアーに端正な顔立ち、それでいてどこか愛嬌があるあの瞳。眺めていると吸い込まれそうになってしまう。どうにかして仲良くなる方法を考えよう。
三月二十二日
彼女と連絡先の交換に成功した。十度目の来店にしてやっとだ。やはりミラーリングが功を奏した。対象の人の言動や仕草をマネることで、その人からの好意を得やすくするというテクニック。会社内で行われた研修で得た知識が、恋愛に応用が効くなんて思ってもみなかった。このチャンス必ずものにしよう。
四月二十三日
一ヶ月も日記の存在を忘れてしまっていた。まあこんなに幸せなのだから仕方がない。
彼女が口笛を吹いたら僕も口笛を吹く。そうした小さな積み重ねが僕達を結びつけてくれたのだ。
五月十五日
彼女と同棲を始めて五日目。相変わらず僕らの仲は順風満帆だが、今日彼女と少しだけ喧嘩をしてしまった。僕はいつも君が食べたいものを食べたいと言っただけなのに、それじゃつまらないって。一緒を分かち合おうとしてるだけなのに。
六月二十五日
今日は彼女と散髪に行った。彼女の髪が僕よりかなり長くなってしまったから、短く揃えてもらった。
まだ六月だというのにとんでもなく暑くて、やられてしまいそうになる。
初めて気がついたのだが、彼女は汗を沢山かく体質のようだ。僕は全くかかないので、彼女が可哀想に見える。
七月八日
今日は彼女の誕生日。クリームシチューを作ってあげてプレゼントも渡すことができた。彼女はとっても喜んでいたように見えるが、シチューを前にスプーンを持つ手は少しも動かなかった。食べやすいものを作ってあげればよかったか。ちょこっと反省だ。
七月十三日
もう何日も彼女は家から出ていない。顔色一つ変えずにベッドでずっと横になっている。目を開けることもないので、僕も目を閉じて彼女の隣に横たわっている。こうしていると二人で一つだと実感する。僕が今鏡の前に立てば、映るのは彼女の姿であるだろう。
十二月二十日
どうやら僕は法律上では過ちを犯した人間であるようだ。なぜかは分からないし、どこで間違えたかも定かではない。ともかく彼女は目の前からいなくなってしまったのだ。僕も灰になる、そうする他ないだろう。
1,186字
こちらの企画に応募させていただきました!
関係者の皆様、素敵な企画をありがとうございます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?