見出し画像

なぜ私は水引を選んだのか

このページを開いてくださり、ありがとうございます。

水引を結び文字を綴る人、倉戸ゆきやです。

久しぶりの投稿になってしまいました。
2日に一度、投稿をしようと思っていましたが、イベント準備に時間を使って要るので、なかなか投稿にまで時間がまわらず。
イベントが終わりましたら、投稿に力を入れていきたいと思っています。

日々の考えや気づき、思ったことだけでなく、小説を書くこともちゃんとしていきたいと思っていますが、さて。
小説の投稿先をどうしようかな?と思っています。

noteに少しずつ書いて、投稿して、まとまったらカクヨムという投稿サイトにするか、カクヨムだけにするのか。
noteで小説を書いている方もいるみたいですが、どうしようかな。
また、決めたらお伝えしようと思います。

では、本題。


アクセサリー作りに水引を選んだ理由

子供の頃から、何かを作ることは好きでした。

ハンドメイド、という趣味で何かを作った最初は、ビーズをワイヤーやビーズで編んで、花や動物、虫などのモチーフを作ったり、ちょっとしたアクセサリーらしいものを作ったりしていました。
誰にあげるでもなく、自分が楽しんでいました。
記憶が曖昧ですが、もしかしたら数少ない友人へプレゼントしていたかもしれません。
それから、一緒に住んでいたバーバが編み物をよくしていたので、編み物を教わったりしました。棒針編みもかぎ針編みも教えてもらいましたが、今でもできるのはかぎ針編みだけです。秋冬になると、今でもやりたくなります。
数年前に、子供たちへスヌードのようなマフラーを編みました。
あと、中学と高校はアニメや漫画オタクの時間を過ごすことが多かったので、その繋がりの友人から、コスプレ衣装を作ったりしていました。見様見真似、何冊もの洋裁や裁縫の本を図書館で借りては、なんとかパターンを作って完成させていました。もちろん、それに付属した装飾品系も作っていました。

そう、ハンドメイドは、好きです。
手を動かして、素材の状態から何かを作り出す。
毛糸からマフラーや帽子、ビーズに一粒一粒を繋いで花や動物を作る。
刺繍も少しやりましたが、なかなか思った通りにはいかず、あまりやることはありませんでした。でも、好きです。
ビーズ刺繍といったものを知ったら、俄然やる気が、やりたい気持ちが湧いてきたのですが、手が回らない現状です。
今年は、そこもできたらいいなと思います。


2016年の某CMで水引を使った髪飾りを目にしました。
水引というのは、ご祝儀袋の装飾についてる、あれでは?それが髪飾りに?!
少し、衝撃を受けたことは確かです。
それに添えられている言葉も、すごく、心に入ってきたことを思い出します。
私の中では、すごく好きなCMの一つです。

時は経ち、息子が生まれ、Instagramを始めました。
それは、初めての子育てでいろいろと悩んだり、苦しかったり、人との繋がりを求めてでした。
子育て関連のアカウントの方と繋がって、お話をしたりして交流をしていました。
今、そのアカウントはありませんが、Instagramの最初として良い思い出です。

2019年頃だったと思います。
旦那氏のお母さんがハンドメイド布小物をイベントで販売されるということで、何かオマケ的なものを作ろうと考えたところで、そうだ!と思い立ちました。
実は、子育て関連のアカウントでもひっそり見ていた水引アクセサリーを作っていいる作家さんのアカウントをフォローしていました。
そう、私はあのCMからずっと、心の片隅に水引で何かを作りたい、自らの手で水引を結んでみたい、そんな思いが燻っていたのです。
ここだ!そう思ったら、地元のパッケージ洋品店へ足を運びました。
もちろん、売っていることを調べて。

そこで売っていたのは、今扱っているものとは違うタイプの水引です。
価格も安いですし、和紙が芯であっても色つけが違います。
すごく、扱いづらかったことを思い出します。
金具付けも難しく、お客様をお待たせしてしまったこともいい思い出です。
使っていたパーツも、ほぼ100円ショップで見つけた物でしたし。

始めるに当たって、MiSubuの前の屋号で今のInstagramのアカウントを始めました。
他の水引を扱った作家様のアカウントを見ては、私の作っているものと何が違うのか、どういうテイストがいいのか。
リサーチのようなものをしては、まず、水引を買うところを変えました。
長野が一番の水引の場所と分かれば、そこから購入しました。

水引の結び方は、動画サイトやテキストサイトを何度も見て、独学です。
だから、私の結び方は邪道かもしれません。
ちゃんと学びたいな、という気持ちもあるので、機会が巡ってきたところで、チャンスを掴みたいと思っています。

長野の水引は、とても扱いやすかったです。
いや、最初が扱いにくい物だったからこそ、余計にそう思ったのだと思います。

2人目の育児に入るまで、100点〜200点近くは作ったではないでしょうか。
コロナ禍前でしたので、よくイベントに行っていました。
参加料は確実にペイできる売り上げはありました。

2人目の育児期間は、全く水引に触れることも、アクセサリーを作ることもしていませんでした。完全にお休み。
だからと言って、水引を辞めて、他の素材に変えようと言う気にはなれませんでした。

やはり、私の心の片隅で燻っている、あのCM。
再びハンドメイド、アクセサリー作りを始めたのは、なんだったか忘れてしまいましたが……多分、何かイベントに出るためだったかと。

今もそうですが、平日の昼間は事務仕事で勤務しているのと、2人の子供のお世話とで、なかなか時間が捻出することができず、再開した当時は活動がカメ並み以下でした。
やらなくてはならないことは多いのに、何から、何をすればいいのか、全くわからずな状態。
それでも、コロナ禍が終わりに向かってきて、イベントが少しずつ増えてき始めた頃、ヒーヒー言いながら用意して販売をしていました。
まぁ、少し時間の使い方がわかってきた今も、ヒョエ〜と言いながら作業をしていますが。

水引を辞める、と言うのはないでしょうね。
今、この和の素材を、いかに洋の空気を纏わせ、洋の雰囲気を醸し出し、新しいデイリーアイテムにできるか、していくか。
水引という物を、お祝い事以外でも使ってもらえるようにしていくか。
和=和というイメージを崩していきたい、いい意味で。
そんなことを、ひっそりと思っているわけです。
あくまでも、私は、ですよ。


結ぶの、難しくないですか?

これは、2023年12月に参加したイベントで、美術関係の学部に行っている大学生に言われた言葉です。

時折、言われます。
難しいかと言われると……
そうですね、確かに、コツを掴むまでというか、構造を理解するまでは、??????状態です。

今、たくさん結んでいる梅結びでも、結び方を紹介しているサイトによって、やり方が違ったりします。
自分に合った結び方が見つかると、あとは何度も繰り返すだけです。

最初に、オマケ感覚で作った水引のチャームは50個くらいは作ったと思いますし、その50個の前には、さらに何十個とあります、失敗したものが。

試作として結んだもの、結び方を習得しようとして結んだもの。
これまで、いったい何十個結んだでしょうか。
失敗作は、お客様にお届けすることはできないので、処分してしまったものがほとんどです。

結び方だけでなく、色の組み合わせで失敗もあります。
硬い紐状の時には良さそうでも、結んで形になっていくと、うーん違うな、ということも。

本当、100個以上は結んだのではないでしょうか。
他の作家様、水引細工を作られている職人様に言わせれば、この数はまだまだでしょうが。

難しくて挫折するか、難しくてもやり続けるかは、自分の気持ち。
なんでもそうですね。

難しいけど、私はとても楽しいです。
他の結び方を学ぶのも、なかなか楽しいものです。
手が慣れるまで時間がかかるので、少々結びが難しい物や工程が多いものに挑戦ができていないので、今年はそこもやっていきたいです。
バリエーションをもう少し増やしたい、と思いつつ、シンプルに梅結びの単色にパーツを組み合わせるのが良かったり。

2月最初の土日のイベントで、今年のイベント参加は辞める予定です。
オンラインに力を入れていきたいので、これまでより時間はあると思います。
思われます、笑。
新しいMiSubuのアクセサリーを届けられる、そんな2024年。
水引を結ぶ人として、文字を綴る人として、ワンステップ上がれるようにしたい2024年。
頑張りたいと思います。


最後まで、長々と読んでくださりありがとうございます。
2024/01/22

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?