(毎週ショートショートnote)大増殖天使のキス
「なんで売れないんだろう」
私の隣に立った営業担当者が嘆息した。
棚には隙間なくリップクリームが並べられている。
"大増殖中、天使のキス!"と丸文字のフォントで書かれたPOPがやけに寂しく見える。
開発に相当の時間を掛けた結果、保湿成分とその持続性には競合他社とは比にならないものを作ることができたと鼻息を荒くしていた彼も今は意気消沈だ。
「うーん、保湿だけで売り込むのは...なかなか甘くないですね」
「甘くないかあ...」
そう呟き、彼は店を出ていった。
-数週間後-
「いやー、あの時はありがとうございました」
ほくほくとした笑顔で訪問してきた担当者は空っぽに近い棚の前でそう言った。
「何のことだか...」
困惑する私に担当者は再び鼻息を荒くして言った。
「あの後、開発部と協議してほのかな甘さを追加してみたんです。あと、名前も変えました」
POPには"大増殖中、悪魔のキス!"と血のような真っ赤な字が書かれていた。
禁断の果実はいつも甘い。
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(410字)
たらはかに(田原にか)さんの企画に参加させていただきました!
(難しいお題だ…)
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