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全然もうかってないけどほそぼそと受注している翻訳者の話 その5

翻訳業に復帰して半年余りたち、ありがたいことに定期的な案件をいただくことも増えてきて、だいぶカレンダーが埋まるようになってきました。以前書いたように翻訳スピードが早くないため、こなせる分量は標準に比べればまだまだ少なく、大幅な黒字とはなっていませんが、保育料による累積赤字を少しずつ埋められるようになってきているかな、といったところです。私にとって、「ほどよい込み具合で先の予定がある」のが心身のバランスを保つためのカギでもあるので、本当にありがたいことです。

さて今回は、翻訳業から離れざるを得なくなった妊娠・出産前後のことを書いてみようと思います。

・妊娠前~出産前までの仕事の状況
妊娠する1年ほど前から、翻訳会社からチェックや和訳の案件を受注するのと並行して、ノンフィクション書籍の下訳に取り組んでいました。正社員時代のころからの知り合いの方(=上訳者)が回してくださったお仕事でした。

書籍の特色から刊行時期が厳密に決定していなかったようですが、それ以上に上訳者の方のご理解があって私に対する締め切りの制約がほとんどないという、通常ではありえない条件でのお仕事でした。書籍の内容が抽象的で私にはかなり難度が高かったため、その締め切りの制約の緩さに甘え、実に遅々としたスピードで1ページずつじっくり訳していました。

下訳を始めた当初は翻訳会社からのお仕事もいつも通りに受けており、翻訳会社からの案件の合間に下訳をしたり、翻訳会社の案件と下訳に交互に取り組めるようバランスを取りながら受注したりしていました。そんななか妊娠がわかり、逆算して出産までの1日あたりのノルマを決めました(育児をしながら訳せる内容ではとてもなかったため)。それ以降は、翻訳会社からのお仕事を少し抑え気味にし、最後のほうはほとんど下訳の方に集中して取り組むことになりました。結局、本編の下訳をすべて終え、巻末の参考文献のところをデータ化している最中に陣痛が来て、出産2日前まで仕事をしていました。

書籍の下訳の請負料の決め方はさまざまですが、上訳者の方とのご相談で決まることが多いのではないかなと思います。私の場合は、上訳者の方が下訳を依頼したご経験がなく、どのように決めるのがいいか逆に意見を聞かれましたので、以前に担当した別の書籍の下訳のときを参考に1ページいくらでご提案をし、それを受け入れていただきました。ページあたりの下訳の単価は、下訳の性質上、書籍翻訳の一般的な対価(印税や買い取りで一式いくらなど、上訳者が得る報酬)に比べてやはり抑えめになりますし、私の場合は亀よりも遅いのではないかというスピードで1ページずつ訳していましたので、特に翻訳会社からの受注を控えたころからはかなり収入もほそぼそとしていました。私の受注状況も収入も、出産前からずっとほそぼそとしていたのでした。

・出産後
陣痛と出産の衝撃は私にとってはすさまじく、そのときに英語や翻訳関連の要素も全部自分から飛び出していってしまったようでした。「何をどうするのが正解かわからないまま進まなければならない」子育ての過酷さに対応するのが精いっぱいで、出産後は翻訳関連のものとはほとんどかかわらなくなっていました。子どもはかわいく、授かった喜びをかみしめていましたが、気力・体力が毎日限界で、子どもが昼寝をしてもそのすきに読書や海外ドラマに手を伸ばす余裕もなく、まして翻訳関連の勉強にはとても手が回らず、どんどん翻訳から離れていきました。本がないとだめな人間だったのに、本自体を受け付けられなくなっていました。

本来であれば、個人事業主としては、妊娠中に休業期間を決めたり、保育園の下見をしたりと出産後の準備をしておくべきだということは頭ではわかっていましたが、出産前は残された時間を書籍の下訳に集中させていたため、それと諸事情あって出産後の子どものことを具体的に考えることに恐怖心があったために、恥ずかしながら、そういった準備をほとんどしないまま出産を迎え、育児がスタートしました。

語学力は使わなければ衰えますし、1・2日休んだだけで「なんだかカンが鈍った」と先輩翻訳者の方々がつぶやいているのもSNSで目にしていたので、「このままでは翻訳業に戻れなくなってしまう」という焦りと恐怖感を常に抱えていました。それでも、幼子との日々に忙殺され、翻訳業への復帰に向けた情報収集も具体的な準備もできないまま、時間ばかりが過ぎていきました。

お読みくださってありがとうございました!

[旧ブログ2021/2/23の記事より転載]

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