「カナンティグル」第2話

 依頼を受けた翌日、みんなは意気揚々と外へ出て行く。でも、俺は罰で外出禁止が続いているうえ、掃除を一人でしなくてはならない。自業自得だとラジットには言われたが、一人残されるというのは歯がゆかった。

「おいアキム、掃除姿が板についてきたな。もう専属の掃除係になるか?」

 普段みんなが集まってくる大部屋の奥で、優雅にふんぞり返っている我らの王様が、憎たらしい笑みを浮かべて言ってくる。
 そう、みんなさらわれた商人の娘の情報を求めて外へ行ったのに、ザイードだけがアジトに残っているのだ。まるで俺の見張りをするかのように。

 勝手に癒しの力を使ったのは悪いと思っているけど、ちゃんと反省もしているのに。でも、正直に話していたら「金が払えない奴なんか放っておけ」と言われたに違いない。だからバレなければ大丈夫かなと魔が差してしまったのだ。

 カナンティグルへの依頼として俺が癒しの力を使うときは、基本的に闇医者もびっくりの報酬が要求される。それがカナンティグルの資金源になっていると言っても過言ではない。俺の力は金に変換されるもの、だから勝手に使うと怒られるのは仕方ないのだ。むしろ力を使ったのがバレて、この程度の罰で済んでいるのは奇跡かもしれない。

 俺がカナンティグルに入った時点で、癒しの力はカナンティグルのものになった。そして、カナンティグルはザイードのもの。つまり、誰を生かすか、誰を見放すか、決めるのはザイードなのだ。

「俺の部屋は特に綺麗にしろよ」
「はいはい、分かってますよ首領。びっくりするくらいピカピカにしますから」
「アキム」

 おざなりな返事をしたら、急にザイードが真剣な声音《こわね》で名を呼んできた。

「な、なんです」

 びっくりして姿勢を正す。

「何も影響はないか?」

 じっと見つめられた。嘘をついたら許さないとばかりの強い視線だ。

「……はい、大丈夫です」
「ならいい。掃除に励め」

 そう言うと、ザイードは立ち上がって、部屋を出て行った。

「急に、ああいうこと言うんだもんな」

 ふう、と思わず息を吐いた。
 心配性なのだ、あの人ははっきり言わないだけで。気に入らなければ平気で殴ってくるくせに。昨日殴られた頬は腫れて赤黒くなっているし、喋るだけで痛みが伴うけれど。心配するくらいなら殴らないで欲しいが、あんな風に言われたら無茶できない。
 仕方なく俺は真面目に掃除に取り組むことにした。

 カナンティグルのアジトはレンガ造りの建物だ。持ち主は貴族に仕えていた人物だったらしいが、政争に巻き込まれて一家惨殺されたのだという。お悔やみ申し上げるが、無人だったのでカナンティグルが有難く勝手に使っているというわけだ。ところどころ窓ではない穴が空いていたり、ヒビからサソリが入り込んだりしてきて住みやすいとは言えないが。
 とにかく砂が入り込んでくるので、毎日の掃き掃除は欠かせない。俺はせっせと一部屋ずつ砂を掃き出していく。

 アジトの一階は煮炊き用のかまどのある土間と、大きな部屋が一つ、みんなが集まる大部屋だ。地下は首領や側近たちが密談する用の部屋と食物の貯蔵庫とガラクタを押し込んだ倉庫。二階は首領や側近の部屋と、それ以外のメンバーが雑魚寝する部屋がある。当然、首領だけは一人部屋だ。
 カナンティグルのメンバーでも家がある奴らは寝に帰っているから、意外と雑魚寝でも窮屈にはならない。これ以上増えたらちょっとむさ苦しいけど。

 夜になりメンバーたちが帰ってきた。大部屋で首領への報告が行われていたので、ちゃっかり隅っこの方で聞くことにした。外出を禁止されただけで、話を聞いちゃいけないとは言われてないし。ラジットにそう言うと、屁理屈だって言い返された。

「おそらく街外れの宿屋か」

 報告を静かに聞いていたザイードが、ぽつりと言った。

「あそこはいつも怪しい外部の奴らが出入りしてるし、可能性は高いな」

 ダイヤンも同意した。
 そこに、ラジットが手を上げる。

「市場のおばちゃんが、あの宿屋の前を通ったときに、窓から小さな女の子が顔を出してたって言ってました。すぐにガラの悪そうな男に部屋の中に引き戻されてたので、大丈夫かなと心配で覚えていたそうです」
「なるほど。じゃあその宿屋を調べて、依頼人の娘がいると確認できたらさっさと救出だ」

 ダイヤンが総括し、指示を出した。
 依頼人の娘の有力情報が出たので、前進したなと場の空気も和む。しかし、ザイードは眉間にしわを寄せていた。

「何か気になることが?」

 ダイヤンが尋ねると、ザイードは眉間のしわはそのままに顔を上げた。なんとも治安の悪い表情だ。

「どうにもきな臭え。ハッキリこれと言える何かがあるわけじゃないが……簡単に見つかりすぎているような」
「さっすが首領。実はさ、俺らはあの依頼人について調べてたんだよね」

 するっと会話に割り込んで来たのは、側近の一人であるファテだった。飄々としていて、面白いことスリルが好きだからカナンティグルにいるという変わり者である。双子の弟とともに、いつもからかってくるから俺としてはちょっと苦手な人物だ。

「ファテ、調べてきたんならさっきの時点で言え」
「えー、だって首領がどんな判断するか気になるじゃん?」

 ザイードに向かってニヤニヤと挑発するように言葉を返す。信じられないが、この愉快犯は首領であろうと平気で試そうとするのだ。
 ザイードの眉間のしわがさらにくっきりと深くなった。あぁ、あまり機嫌を損ねないでくれ。ファテは面白いかもしれないが、とばっちりは逃げ損ねる可能性の高い俺たちに回ってくるんだから!

「俺が殴らないうちに、調べたことを吐け」

 ザイードが怒りをこらえるように、拳をぷるぷるさせている。

「はーい。じゃ、ファイド。あとは任せた」
「え、この空気で? 兄ちゃん酷くね?」

 急に話を回された双子の弟が目を白黒させている。

「おい、どっちでも良いから早くしろ」
「はいはい。んじゃ、依頼してきたトゥルキス商会だけど、どうも怪しい取引を裏でしているって噂がある。市場の情報屋が言うには、トゥルキス商会の荷台にガリガリの子どもが数人乗っているのを見たらしい。それも、一回じゃないし、女性が乗っていた時もあったってさ」

 それって、もしや巷で噂になってる人身売買の片棒を担いでいるってこと?

「豪商の荷台ならば、門番の役人も厳しくは確認しない。もし人身売買の輸送ルートだとすれば良い着眼点だな」

 ザイードが苦々しい表情を浮かべる。

 オアシスに出入りするには門を通らなくてはならないが、普通は列になって順番に役人の検分を受けるのだ。だが、商人達は待つのが嫌だから役人に賄賂を渡して、さっさと通ってしまう。役人的にも金をもらえる上に仕事が減るので、商人が来ると嬉々として通してしまうのだ。

「首領、オアシス間の移動のために乗っている可能性もある。断定は出来なんじゃないか?」

 ダイヤンが慎重に進言する。

「そうだな、断定するには情報が弱い。だが、何もないところに煙は立たん。人身売買の内輪もめで娘をさらった可能性もあるだろ。それなら身代金の要求がないのも納得出来る」

 ザイードの推察に、俺はなるほどと頷く。その場合、依頼人は人身売買に加担しているなどとは口が裂けても言わないだろうし。役人に届け出るわけもない。ちゃんと辻褄は合っている。

「じゃあ、どうする。依頼を断るか?」
「いや、娘がいなくなったのは事実だ。それに一度引き受けた依頼を断るのは流儀に反する」

 ザイードの目が好戦的に輝く。何もかも蹴散らして突き進むときの顔だ。

「じゃあ、助けにいくんだな」
「当然だ。ただの誘拐事件か、はたまた人身売買が絡んだ内輪もめかは知らんがな。ガキをさらうような奴らはぶっ飛ばして、ハゲタカにでも食わせてやれば良い。そうだろう、野郎ども!」

 あくどい笑みを浮かべザイードが言い切る。すると、メンバーたちも口々に同意の声をあげた。

 そうだ。どんな裏事情があるかは分からないけど、小さな子どもを巻き込む時点でぶっ飛ばすべきだ。
 さすが我らが王様。ここぞというときの凜々しさは格別だ。

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