「赤い糸を盗る」 プロローグ
女の吐息が漏れる。
男が女の頭を撫で、甘い声を耳に囁く。
女は一瞬ぴくりと体を動かすも男の優しくあたたかい言葉に緊張と罪悪感が薄れ、薄く微笑み男の胸に頭を委ねる。
男は泣いている女を優しく撫で続ける。
ぽつり、ぽつりと女は憂いの言葉を呟く。男はその一言一言に頷き真摯に受け止める。
その真摯に受け止めてくれることに女はさらに安心し、体を男に委ねる。
男は委ねられた女の体を受け止め、ゆっくりと抱きしめる。一枚の白い羽を受け止めるように優しく包み込む。
女が受け止められない現実を、いつも男は受け入れ優しい言葉をそっと投げかけ一緒に受け入れてくれる。
心の中でわかっていても、改めてその男の口から言われるととても安心した。まるで自分の存在そのものが受け入れてくれているようで、女は自分を保てた。
どうしてこんなに自分に優しくしてくれるのだろうと女は毎回考える。
決して、こんな風に自分を受け入れる義理なんてないのに。いや、本当はわかっていた。
男も、女を求めていた。いつも笑っている姿からは想像もできないくらいの葛藤を常に抱えていて、それを誰にも受け止めてくれない。
だから、男も女を求めていた。
男は自分の胸にぽっかりと空いたところに女を入れることによってでしか、その空虚な穴を埋めることができないのだ。
自分の涙や憂いの言葉でその穴を埋められるのであれば、それは自分にできることだと、女は思い続けている。
それが今の自分にしかできないことだと思っている。
女には罪悪感があった。自分が間違ったことをしているという自覚はある。
それでも求めてしまうのだ。
伸ばしても届かない太陽に身を焦がすより、月のようにそっと暗闇を照らす男が傍にいてくれることに安心してしまうのだ。
女が求める気持ちを理解してしまうからこそ、求められたら応えることしかできなかった。
届かないからこそ、届けたいと思う気持ちが痛いほどわかる。
だからこうして、誰に言われたわけではないが、傍にいなくてはならない気がするのだ。
男の抱きしめる力が強くなり、それに呼応するように女も強く抱きしめる。
そして、ふたりは離れ、そっと、口づけをする――。
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