プロローグ 「小説:オタク病」
『屋上に来て』
そう久遠環に言われ、俺は今屋上にいる。
屋上には俺と久遠環のふたり。
屋上は暑く、夏日が容赦なく俺たちを照らす。野球部員の掛け声とセミの鳴き声が聞こえる。
なんでこんなくそ暑いところに呼び出されなくちゃならないんだ。
俺何か悪いことしたかな。俺としては善意でやったことなんだけどな。さきほどラノベとポストカードを入れた鞄を見やる。
「ありがとう。あなたのおかげで助かったわ。わざわざここまでしてくれるとは思わなかった」
久遠環は俺に振り返る。カーテンのように黒い、しかし一本一本が夜空のように綺麗な黒髪がなびく。前髪にかかる髪を手でわけている。
「あ、ああ」
放課後の屋上なんてギャルゲでは告白のシチュエーションだが、それはないだろう。
そんなことされるなんて期待してないし、べつに欲してない。
俺の信条は『リアルには何も求めない』だ。
何も求めない。だから期待しないし、害も求めない。
リアルでは何事も起こらないで、ただただゆらゆらと日々が過ぎ去ってゆくことだけを祈っている。
「あなた、もしかして私と同じ?」
久遠環が口を開く。
同じ、というのは俺の状態と同じかどうかということだろう。
「ああ、同じだよ」
「そう。それなら都合がいいわ」
「え、何が?」
ちょっと待って。どんな脅しが来るんだよ。怖いなあ。もう帰っていいかなあ。
久遠は白いヘッドフォンを振れ、一瞬言い淀む。
「……っ、私と、付き合って。私の彼氏に、なって」
「へ?」
屋上に風が吹き、久遠の艶のある黒髪がなびいた――。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?