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いすおとこ(禍話リライト)

大学に入って一年目。一人暮らしの生活にも慣れてきて、少し余裕が出てきた頃の話です。
大学から家まで同じ道を行き来するのも飽きてきたので、たまには違うルートで帰ってみようと思ったことがありました。

いつもの大通りじゃなくて、細く入り組んだ住宅地を何となくの方向感覚を頼りに歩いていきました。
たしか夜の9時半とか10時頃だったと思います。田舎のほうなんで、その時間でもあまり街灯とかついてなくて。

ふと、私の前方を人が歩いているのが目に入りました。
仕事帰りの会社員かなと思ったんですけど、両手で何か大きめのものを抱えているように見えました。

私のほうが歩くペースが速かったみたいで、だんだんその人の背中が近付いてきます。ある程度距離が縮まったところで、その人が抱えているものがわかりました。
簡単なつくりの、折りたためるパイプ椅子みたいなやつでした。

何となく気になって、後ろからその人を眺めながら歩いていたんですけど、ある時点でその人が着ているのが、真っ黒な礼服だということに気付きました。
季節は真夏でした。そんなびしっとした堅いスーツに袖を通している人を見たのは数ヵ月ぶりで。

あ、これ喪服だなって、ふとそんな考えが頭をよぎりました。
よく目を凝らしたら、椅子を持っている手にも手袋をしているみたいでした。

喪服を着た人が道を歩いていること自体、特段おかしなことでもありません。
どこか近所でお葬式でもあるのかな。この人は葬儀屋のスタッフで、そのための会場準備の途中なのかもしれない。
そう思いかけたのですが。


葬儀屋のスタッフがこんな人通りのない住宅地で、たった一人で椅子を持って歩いているなんてこと、あるでしょうか。
それもこんな遅い時間に。

その人の後ろ姿を見ているうちに、何か説明のつかないものを見ているというような、嫌な感じがしたんです。
自分が知っている日常の風景から少しはみ出しているような、そういう違和感を覚えました。

今のままのスピードで歩いていけば、すぐにその人に追いついてしまいそうでした。
そのまま追い抜かしてもいいはずなんですけど、なぜかそれはどうしても嫌で。
わざとスピードを緩めて、その人がどこかで曲がってくれるのを待ったんです。


しばらく歩く間に曲がる道はいくつもあったんですけど、私と行く方向が同じなのか全然曲がってくれなくて。

仕方ないからちょっと立ち止まってみたんですよ。ゆっくり後ろをついていくのもさすがに挙動不審だし。
スマホ取り出して、SNSの通知が来てたのを確認するみたいな、何でもない動作を装って。


それでふっと顔上げてみたら、その人も立ち止まってるんです。

スマホ見てる、とかじゃないですよ。だって両手で椅子抱えてるんだから。

え、って思って。


こっち向いてるとかでもなくて、ただ足止めて前を見てて。

私からは後頭部しか見えないんですけど、それだけの光景がすごく気持ち悪くて。


とにかくもう少しやり過ごそうと思って、周囲を見渡したら掲示板があったんですよ。
公民館でのイベントとか町内会からのお知らせを貼るような、よくある掲示板です。
全然興味ないけど、もうこれに興味あるフリして時間潰そうって思って。

「今月の行事表」とか貼ってある横に、もう一枚紙があって。
そこに無理やり拡大したような、でっかく引き伸ばされた文字で


不審者情報


このあたりに葬儀場はありません



え、いや
何これ?


数メートル先には立ち止まってむこう向いたままの男がいて。

そいつとこの貼り紙に何か関係が——いやむしろ、それをわかってしまったらだめな感じがして。

頭の中で何かが繋がりそうになった瞬間、反射的に回れ右して走りました。
無我夢中で大通りまで駆け抜けて、赤信号でようやく立ち止まって。


幸い後ろから追いかけてくる音がするとかはなかったんで、息を整えながら後ろを振り返ってみました。
私が走ってきた道の向こうには、まだあの男の姿が見えていて。



さっきの場所から動いてはいなかったんですけど。


ただ椅子に座ってこっちを見てました。


もうその道を通るのはやめました。





この記事は、シン・禍話 第四十八夜(2022/02/26配信)より「いすおとこ」(29:44頃~)を再構成・加筆したものです。


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