団地の長なわとび大会の写真の話(禍話リライト/忌魅恐NEO)
何につけてもタイミングの悪い人っていますよね。
自分が悪いわけじゃないのに、居合わせた場所と時間が良くなかっただけで嫌な思いをする。これはそういう、なぜか嫌なことに巻き込まれがちな人の話なんですけど。
県は言ってもいいかな。佐賀のほうであったことだそうです。
その「タイミングの悪い人」、大学だか専門学校だかに通ってたんですけど、1個上の先輩にお似合いのカップルがいたんですって。
その2人は入学した頃から相性抜群で、すぐに付き合い始めたらしくて、周囲でも評判のカップルで。
だけどそんなお似合いのカップルが別れちゃったそうなんです。
進路を考え始めるタイミングだったから将来の話でもして別れたのかな、なんて思ってたんですけど、どうやらそうでもないみたいで。どうにも彼女さんのほうが、別れてからバツが悪いのか、集まりに顔を出さなくなって。
あまりにも仲の良いカップルだったから、周りもなかなか別れた理由を聞けなかったそうです。でも彼女さんが浮気をしたというわけでもないみたいだし、彼氏さんのほうに非がある風でもなさそうでした。
あるとき、何かの集まりですごく美味しいお酒が出て。度数もキツいやつだったみたいで、みんなついつい飲みすぎちゃったらしいんです。その彼氏さんは普段あまりお酒を飲まない人だったみたいなんですけど、その人も含めて全員ベロベロになっちゃって。
そうなると場の雰囲気が許したというか、みんなつい気が大きくなって「なんで別れたんすか~」ってその先輩に突撃する空気になったんですよね。あんなにお似合いだったじゃないですかぁ、まだ間に合いますよって。
そしたら先輩、「いや、無理だな。絶対に無理」って言ったんだそうです。
「そういえば、先輩たちが別れたのって、彼女さんのご実家に行かれた後でしたよね」って誰かが言いました。
もしかして、ご実家でなんかあったんですか?
親御さんが何か特殊な宗教にハマってたとか。
そう聞いたら、「あたらずとも遠からずだ」って言うんです。
以下は、その先輩が彼女さんの家で経験したことです。
彼女さんがご両親に紹介してくれるって言うんで、ご実家に行ったそうなんです。その先輩。
親御さんはとても良い人で、温かく迎えてくれて。4人で和気あいあいと夕食を囲んだ後に、先輩と彼女さんは部屋に戻りました。
彼女さんの部屋にはアルバムがたくさんあって。彼女さんはひとりっ子でしたから、その分写真もたくさん残っているみたいでした。
小学校のときの写真やらいろいろ眺めていたら、棚の一番下に目が行きました。
他のアルバムには「○○ちゃん 小学校」とか「○○ちゃん 中学校」といった具合に、ある程度アルバムの中身が推測できるタイトルが背表紙に書いてあったそうなんですけど、そこには何も書いていないアルバムがあったそうです。
同じデザインの分厚いアルバムが3冊、セットのように並べてありました。
「これ何?」と先輩が尋ねると、
「ああそれね、前にいた団地の、長なわとび大会のアルバム」
と彼女が答えました。
長なわとび大会?
うん、毎年長なわとび大会があってさ。3年間いたから、そのときのアルバム。
俄然興味が湧きました。3年間住んでいて、毎年あった長なわとび大会の写真。毎回毎回、分厚いアルバム1冊埋めるほどの撮れ高があったってこと?団地の長なわとび大会で?
面白そうじゃん。そう思って、「見ていい?」と聞いたそうです。
「いいよ」と彼女は答えました。
1冊目のアルバムを開きました。
「ん?」って思ったそうです。
団地って、いろんな場所あるじゃないですか。公園みたいになってる中庭の砂場とか、ブランコとか、駐輪場とか、あるいは長い階段とか。そういう団地のあちこちに、いろんな子供が立っている。
っていうのを写した写真が入っていました。
意味わかんないじゃないですか。
要は「団地の風景+子供」みたいな、最初の2、3ページにはそんな写真が入っていました。もう少しページをめくったら大会が始まるのかな、と最初は思いました。大会前の空気を写したような、これはそういう写真なのかなって。
でもめくってもめくっても同じような写真が続くんです。それから途中で気が付いたんですけど、子供はみんな裸足なんですって。もちろん足元が写ってない子もいるんだけど、見えている限りはみんな裸足で。だからたぶん全員そうなんじゃないかなって。
「えっと、これ大会は?」って、ちょっと笑いながら聞いたそうです。これもしかして、大会の写真を撮る予定だったのに、始まる前に撮りすぎちゃって結局本番の写真が撮れなかったとか、そういうオチなのかなって思って。そう思って冗談っぽく聞いたら、
「あのね、大会って言ってもね。別にどこかの地区と争うとかじゃなくて、自分たちで何回跳べたか挑戦するっていう、そういう自分たちを高めるような大会なのね」
よくわからないことを言われました。
別に大会の内容を聞きたかったんじゃなくて、大会の写真がどこにあるのかを聞きたかったんだけど……。
結局1冊目のアルバムはそれだけで終わってしまったそうです。
2冊目のアルバムを開いても、ずっとその調子でした。
隠し撮りといった雰囲気ではなくて、みんなきちんとカメラのほうを向いて。1人ずつ、ときには2、3人で、砂場とか階段とかてんでバラバラのところに立っていて。それはまるで、場所と子供をランダムに選んで撮りましたという雰囲気でした。枚数が枚数なので、同じ子供が何回も出てくることはありましたが。
誰かカメラマンを雇って、この団地の記録を残してください、とお願いして撮ってもらったかのような。
いつまで経っても、長なわとびの写真が出てこない。
彼女に聞いても、相変わらず「長なわとびとは」みたいなことしか答えてくれないんです。
「人数が増えるたびに、引っかかって止まっちゃうリスクも高まるんだけど、それをカバーし合うことでどんどん連帯感が芽生えていくんだよ」
「長なわとび大会の写真」がないことへの返答には全然なっていませんし、何だか気味の悪いことを言うな、と先輩は思ったそうです。
写真を見ていてもう一つ気になったのは、この団地のなかには長なわとびが出来そうな場所が見当たらない、ということでした。
長なわとびをするスペースが確保できそうなのは中庭なのですが、どこも雑草が生い茂っていてあまり手入れされているとは言えません。長なわとびをするなら、運動場みたいに、地面が整備された場所のほうがいいはずです。
彼女の言うことも要領を得ませんし、同じような写真が続くばかりなので、2冊目の大部分は飛ばし気味に見ていたそうなのですが、最後のほうにようやく「なわ」らしきものを発見しました。
あ、なわが写ってる。
そう思って、先輩は手を止めて写真をよく見ました。
それは、おそらく団地の階段を一番下から写したものでした。
ああいうところの階段って、踊り場で折り返して続いているから、真ん中に階下から階上まで見通せるような隙間が空いているじゃないですか。
その隙間をロープが下りていました。
上から誰かが垂らしていて、それを下からカメラで捉えている。
その写真にだけ誰も写っていませんでした。
さすがに気になって「あの、これ——」と写真を指差して彼女のほうを向いたら、「ああ、それ。それで跳んでたんだ」と。
いや、そういうことじゃないんだけど……。
奇妙に噛み合わない彼女とのやり取りに、だんだんと何かよくない感じを覚えたと言います。
2冊目を棚に戻して、3冊目を手に取りました。
今度は手に取った瞬間、すごく軽い感じがしたんだそうです。これ1、2枚しか入ってないんじゃないかな?って。
今度こそ大会の写真があって終わりになるのかな、とアルバムを開きました。
それは屋上か、あるいは高層階から中庭を見下ろすように写した写真で。
信じられないくらいたくさんの人間が写っていました。
中庭に、ぎゅうぎゅう詰めで。
こんなにこの団地に人いるわけないよねって。先輩はその写真を見た瞬間に気持ち悪くなって、バッてアルバム閉じちゃったそうです。生物的な本能で、これは見ちゃいけないなって。
「なに!?なにこれ!?」と彼女に言ったら
彼女、すっごい嬉しそうに
「それ、決勝戦!」
うわっ!って。気持ち悪!ってなって。
なんにも、まったく意味はわからないんですけど。とにかくこれは受け入れちゃだめだって思って。
「ごめん、今日泊まるって言ったけど帰るわ」
「え?家遠いでしょ。もう遅いよ」
「いや、いいから。タクシー呼んで帰るから」
半ば無理矢理に先輩がそう言って席を立ったので、もっと理由を聞かれたり引き留められたりするかと思ったそうなんですけど。彼女はただ「そうなんだぁ」と言って、玄関まで見送るとかもなく、座ったところから動こうともしなくて。
でももういい、この子気持ち悪い、いいからもう帰ろうってなって。
「じゃ、じゃあまた学校でな」とか適当なこと言いながら、慌てて彼女の部屋飛び出したらしいんです。
彼女の家の2階の廊下は真っ暗で。怖かったからとにかく早く1階に降りて、でもせめてご両親に挨拶だけはして帰ろうと先輩は思いました。
そう思って階段を降りると、1階も暗いんです。まだご両親が寝るには早い時間なのに、何でだろう、と思って。
でも、大きい広間みたいな部屋だけうっすら明かりがついているのが見えて。ご両親が電気消して映画でも見てるのかな、って思って。
「あの、すいませ——」
「ごーーぉ」
「ろぉーーく」
ご両親の声で。
何も見えないし、声以外の音は何も聞こえないんですけど。
「なぁーーな」
あっ これ
ながなわとびの かず かぞえてるこえだ
「はぁーーち」
もうそのまま、玄関開けて逃げ帰ったそうです。
「で、俺出てきちゃったんだけど、それ以来こっちから連絡しなかったら、あっちからも連絡来なくなったんだよ」
みんなシーンってなっちゃって。
それ、何なんですかね。いや、わかんねぇ。冗談にしてはやりすぎだし。
そんな空気のなか、最初に話した「タイミングの悪い人」っていましたよね。
彼もその場に同席してたんですけど、一人だけすごい青ざめちゃってて。
どうした、さすがにちょっと怖かったか、ってみんなで慰めて、話をしてくれた先輩も「ごめんな、ちょっと酔って変な話しちまったな」なんて謝って。
そしたらその人、「あぁ……うん……まぁ……えっと、すみません」って急に謝りだすんです。
え、何謝ってるんだって思うじゃないですか。
実はですね、僕こないだ彼女の○○さんに会いまして。
いつもの集まりの場に僕だけ早く来ていた日で、まだその時おふたりが別れたって知らなくて。
彼女が、これからしばらく来られなくなるから、代わりにこれ渡しといてって。
封筒を預かっていまして、それ、今ここに持ってます。
うわぁぁあ!!ってなるじゃないですか。「お前それもっと早く言えよ!」ってみんな言ったんですけど、「いや本当にペラペラの封筒で、そんな大事じゃないと思ったから忘れてて…。すみません!」とか言うんですよ。
みんな「えぇーっ……」て感じで、別れた先輩とかもう本っ当に嫌そうな顔してて。
でも、こういうグループって1人くらい「剛の者」がいるじゃないですか。
そいつ、目の前で悲惨な交通事故が起きても冷静に対処するような、肝の据わったやつで。そいつが「ここは俺が見るから、貸しな!」って封筒を受け取ったんです。
彼が封筒から中身を引き出しました。
それは写真でした。
封筒の中身が写真だとわかった瞬間、その場にいた全員が目を伏せました。
先輩が言っていたアルバムの最後の、「生物的な本能で見るのをやめた写真」だとわかったからです。
「剛の者」だけはしばらく写真を見ていました。
ん?と何かを確認するように写真を眺めて、
「あぁっ!!!!これだめだ!!!!」
一瞬のうちに封筒に戻して、そのまま床に叩きつけました。
話をした先輩が慌てて、「あ、ごめんごめん!ありがとう見てくれて。俺が話した例の「ごった返してる写真」だった?」
「「ごった返してる写真」でした!!!」
あぁ、そうか。「ごった返してる写真」だったか……。
その場にいた全員が「察し」たのですが、みんなの頭にある疑問が浮かびました。
人がたくさん写っている写真。たしかに、団地にそれだけ大勢の人がいること自体不気味ではある。ただ、それだけの写真で「生物的な本能で見るのをやめる」にまで至ることがあるのだろうか、と。
正確には何が写っていたのか。写真を見た「剛の者」に尋ねると、こう言ったそうです。
たしかにあれは「人がごった返してる写真」だった。でも見た瞬間に何かとてつもない違和感を覚えた。違和感の正体は何だろう、と思ってよく目を凝らしたら——
人が、稚拙な合成で増やされていたそうです。
あ、これ合成ソフトかなんか使って——
全部おんなじ人間だけ増やされてる。
あーあ、だめだ、もうこれ見るのやめよう。そう思って投げ捨てたそうです。
「剛の者」がそう言うんだからと、みんなでその写真は焼いたそうです。
僕の人生でもたぶん一番タイミングの悪い瞬間でした。彼女にその封筒もらっちゃったの。
その人はそう言いました。
追記
その後、例の写真をよく確認した人が、彼女さんの住んでいた団地を調べてくれたそうです。
長なわとびの大会なんて、やっていないんだそうです。
曰くのありそうな事件や事故も、その団地では起きてはいませんでした。
追記2
この話をしてくれた人は、おそらく特定を避けるために一部の設定を変えて話してくれたんだと思うんですけど、
これ、もしかしたら団地の話じゃないのかもしれないですね。
たとえば、学校とか。
この記事は、禍話アンリミテッド 第十八夜(2023/5/20配信)より 忌魅恐NEO「団地の長なわとび大会の話」(44:34頃~)を再構成・加筆したものです。
画像クレジット:
MIKI Yoshihito from Sapporo City, Hokkaido, Japan, SAKURAKO - Entrance ceremony. (17145567791), modified, CC BY 2.0
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