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墓に囲まれてはいなかった話(禍話リライト/忌魅恐NEO)

今は四十代のAさんが、大学三年生の時の体験だそうです。
彼は元は関東出身なのだそうですが、大学は地元を離れたところに進学したそうで。
ええ、地域はちょっと、伏せさせてほしいって。


Aさんの友人に、いわゆる苦学生というやつがいて。
「金がない」が口癖で、奨学金借りながらバイトもして、服は一年中着回し。ご飯はまかないか友人の奢りで済ませるっていう、徹底した倹約ぶりで。

そんな彼、すごく広い部屋に住んでいたそうなんです。
まぁ広いと言っても、中はそれなりにボロいんですよ。
築年数も経ってるし、彼自身もインテリアに金をかけるような人間じゃないから、余計にみすぼらしく見えて。

でもスペースだけはあるから、よく友達や後輩の溜まり場になってたんですって。
周りのみんなも、場所は提供してもらってるんでって、代わりにお酒や食べ物を用意していったり。何だかんだ持ちつ持たれつでやっていたそうです。

でもやっぱりそういう、学生の溜まり場になってるような場所って、近所の目が気になるじゃないですか。
ある夜、いつものようにその家で宅飲みをしていたとき、ある友人が「お前んち、夜分にこんなに騒いでて大丈夫なのか」って聞いたんです。
そしたらその家主、「大丈夫大丈夫、この辺ほとんど人住んでないから」って。

聞くと、そのマンションは全然入居者がいなくて。
特に彼が住んでるフロア、四階だったかな。そこには彼しか住んでいないんだそうです。
でも古いとはいえ、エレベーターや外廊下などの共用スペースは小奇麗にしてあって。
そんなに忌避されるような外観でもないのになぁって。

「なんでそんなに人いないの?なんか曰くつきとか?」
その場にいた友人たちが面白半分に家主に尋ねたら、
「いやいや、そういうんじゃないよ」
家主はベランダの向こうを指して「ここさ、裏が墓地なんだよ」と言いました。

家主が言うには、今の時間帯は暗くて何も見えないけど、このマンションは裏のぐるり、、、がみんな墓地なんですって。

「あ~、なるほどね。それは嫌かもね」ってみんな納得して。
そんな中、まぁお酒も入っていたんでしょうが、友人の一人が言ったそうなんです。
「あれ、じゃあ俺たち、墓の裏でどんちゃんしてたってことだよな?騒がしくしちゃって悪かったなぁ」
そいつはフラフラとベランダに出ていくと、ぺこっと頭を下げて「すみませんでしたぁ」って言ったんです。

それを見て、その場に変なノリっていうか、「俺たちも続け」みたいな空気が生まれたみたいで。
「おぉし、みんなで謝ろうぜ。ほらぁ、家主も」
結局みんなベランダに出て、外に向かってぺこっと頭を下げて、「すみませんでしたぁ」とか呂律の回らない舌で言い出して。
その場にいたAさんは、飲み会特有のふざけたノリだと思って「馬鹿だなぁ」なんて苦笑しながら見ていたそうです。
「Aもやれよー」なんて言われたけど、「いや俺は静かに飲んでんだからいいんだよ」とか言って手を振って。


——だからね、俺だけ見なかったんですよ。


Aさんは当時を思い出してそう言いました。


その宅飲みの夜から数日後のことだったそうです。
Aさんは偶然、その墓地に囲まれたマンションの近くを通ることがあったんですって。

そういやこないだ、酔っぱらったみんなが墓地に向かって謝る、みたいな流れあったなぁって思い出して。
あれはあれで失礼だろ、とか心の中でツッコミながら、ふと気になったらしくて。
自分は外を見なかったけど、墓地に囲まれてるってどんなもんなのかな、って。

例のマンションが見えてきて、あいつの部屋のベランダならこの辺りかな、っていうところに出ました。

でもそこには、何もなかったんです。

(おかしいな。あいつが言うには、裏のぐるり、、、が全部墓地だ、ってことだったけど……)
そう思って周りをうろうろしたけど、本当に何にもない原っぱなんですって。

そこは道もどん詰まりになっていて。どこかへ抜けられそうな道もないんです。
あれ、なんでかな、と思ってると、不意に
「どうしたの、お兄ちゃん」
後ろから声を掛けられて。

振り返ると、通りすがりのお婆さんがこちらを見ていました。
手には、買い物帰りなのかな、スーパーのレジ袋かなんか下げてて。
「そこはね、行き止まりだよ」
親切に教えてくれたお婆さんに、Aさんはつい誤魔化して「あー、すいません。通り抜けられるかなと思って」とか言い訳したそうです。
「いやー、通り抜けらんないよ」
「そうなんですねー、どうも」
なんだか話し好きそうな雰囲気のするお婆さんに、Aさんはちょっと聞いてみようかなと思ったみたいで。

「あの、ここって何なんですか?」
「ここ?昔はね墓地があったんだよ、この辺の人の」
お婆さんは、皺々の手を持ち上げると「ほら向こうにさぁ」と言いました。

お婆さんが指差す先には、ボロボロの廃屋がありました。
もう人は住めないだろうな、という状態の家が、完全には取り壊されずに残っていて。
「○○さんて人が住んでてさ、その人んちの代々のお墓だったのよ」
お婆さんが言うには、その○○さんという人はもう亡くなって、親族がお墓の移転だかの手続きをして、今はもう更地になったのだそうです。

はぁ、そうだったんですか。
Aさんはお婆さんにお礼を言って、その場を立ち去りました。

話が違うな。
家主が言うには、ここは今でも墓地があるっていう話だったけど。

まぁでも、あの時は暗かったし、何よりベランダに出たやつらは揃いも揃って酔っぱらってたから、きっと適当なこと言ってただけなんだろう。
何にもないところにペコペコ頭下げてたんだなぁ。馬鹿だなぁ。
Aさんはそう思うことにしたそうです。



それからAさんは、ちょっとした違和感を抱くようになったそうで。
どうも例の宅飲みの後、あの場にいた連中の付き合いが悪くなった気がして。
それまでは授業終わりもよくつるんでたそうなのですが、
その頃から、大学で会っても軽く挨拶するだけで、やけにみんなすぐに帰ってしまうようになったそうで。

でもまぁ、大学三年生ってちょうどそういう時期じゃないですか。
就活に本腰入れ始める人もいるし、ゼミで忙しくなる人もいるし。
まぁ寂しいけど、人間関係にひと区切り付く時期なのかねーって、Aさんもそのくらいに思ってたそうです。


そんなある日、Aさんは学食でとある友人——ここではXさんとしておきましょう——に話しかけられました。
Xさんは例の宅飲みに来ていた連中と共通の友人で、宅飲みの日はちょうど用事があって、来られなかったはずでした。
「ちょっといいか」と深刻そうな顔をするXさんに、Aさんは課題の相談か何かかな、と思ったそうなのですが。

「××と△△と※※のことなんだけどさ、あいつら最近大丈夫か?」
Xさんが挙げた名前は、例の宅飲みにいた、家主を除く三人の名前でした。
あいつら、就活やらゼミやらで忙しすぎておかしくなってるんじゃないか——彼はそう聞くんだそうです。
Xさんが言わんとすることに、Aさんは全然心当たりがなかったといいます。

「何の話?あいつら、なんかおかしいか?」
そう尋ねるAさんに、
「え、お前には何も言ってこないの?」
とXさんは怪訝そうな顔をしました。


Xさんが授業のグループワークで、三人のうちの一人とたまたま同じグループになったときのことだそうです。

課題のレポートを一緒にまとめていると、ふとそいつが「そういえば今ここにはいないやつの話なんだけどさ」と、あの家の家主の話を始めたんだそうです。
「~~ってやつがさ、墓地に囲まれた家に住んでるんだよね」
それまでの会話の脈絡をまるで無視するように始まったので、Xさんは若干戸惑ったそうなのですが。
「あ、そうなんだ。家賃安かったりするんじゃない?いいねー」
と適当に返事をしました。

すると、彼は「いやさ、それが気味悪いんだよ」と言いながら、ノートを一枚破って「待ってろ、今ちょっと図描いてやるわ」と、何かを描き始めたのだといいます。

「……いや、は?って感じだろ。俺も、別にいいよ、墓地に囲まれてんだろ?わざわざ描かなくてもわかるよ、って言ったんだけどさ……」
Xさんは困惑の色を浮かべながら言いました。

戸惑うXさんをよそに、そいつはお構いなしに一心不乱にペンを走らせていたと言います。
まず真ん中に大きく丸を描いて。
この丸がマンションの建物かなと思ったXさんは、その周りに墓を示す四角形とか、または墓地の地図記号が描かれることを予想していたそうです。

しかし。

「そいつさ建物の周りに、矢印描いていくの。ぶゎぁーーって。」


その矢印がびっしりと。

みんなマンションの方を向いていて、、、、、、、、、、、、、、、、


「……えっと、その矢印が、全部墓ってこと?」
そこまで聞いたAさんは、Xさんに尋ねました。
「そうらしい。……いや、わかんねーよな。わかんねーよ。でも話だけ聞いたらそうなるよな」
Xさんはひどく気味悪がっているようでした。
「とにかくさ、そいつ、その図見せながら『こんな感じだよ』とか言ってくんの。気持ち悪くてさ……」

しかもXさんは、他の二人にも同じようなことをされたみたいで。
そのうちの一人は、授業中、離れた席からわざわざ紙を回してきて。
後ろの席の人にツンツンって突かれて、Xさんが振り返ったら「これあそこの席の人が……」って。
開くと「それ」と全く同じ図が描いてあって。何のつもりだよ、ってそっちを見たら、そいつはXさんを見つめながら『な?』という口の動きをして。

別のもう一人からはメールが来たそうです。
添付されていた画像を開くと、それは同じ図をカメラ付きケータイで撮影したもので。
さすがに不愉快になってきたXさんが、「これ何なんだよ」と返信すると、


いやお前わかってないみたいだから。他の二人からも聞いたけど。わかってないみたいだから。


そう返ってきたそうで。


「……っていうことがあったんだけど、あいつら大丈夫か?」
Xさんはそう言って縋るようにAさんを見ました。
「お前も、その家の飲み会行ったんだろ。なんか知らないか?」

Xさんに問い詰められても、それはAさんには全く覚えのない出来事でした。
彼らがどうしてXさんにそんなことを言うのかもわからないし、どうして自分には言ってこないのかもわからない。
「いや、わかんない……気持ち悪いな……」
やっとAさんがそれだけ返すと、Xさんは「だよな」と呟いて、
「悪いけど、ちょっと俺は今後あいつらと距離取らせてもらうわ。なんか怖いし」と言い残して、その場を去ったといいます。


彼らと距離を置きたいと言うのは、Aさんも全く同じ気持ちでした。
Xさんの話を聞いた後、Aさんも次第に彼らとは関わらなくなり、卒業する頃にはただのクラスメイト程度の付き合いになっていたそうです。


Aさんは大学を卒業後、地元には帰らず、そのままその地域で就職しました。
例の宅飲みに来ていた連中は、みんな就職などで遠方に行ったそうです。

Aさんが社会人になって三、四年が経った頃だったといいます。
たまたま何かの用事で車を走らせていたとき、「ここあのマンションの近くだな」と気付くことがあったんだそうです。
運転しながらも何となくそちらを気にしていると、ちらっと例のマンションが目に入って。

その建物は、無機質な足場と青色のネットに覆われていて。
ちょうど解体工事の真っ最中でした。

それを見て、Aさんは「あ~、良かった」と解放されたような気持ちになったといいます。
長年胸の奥につっかえていた何かが消えていくような安堵感があって。
そんな心境の中で、なぜだかふと「これが最後なら行ってみようかな」と思ったんだそうです。
何でしょう、失われた青春を取り戻しに行くぞ、的な思考っていうんですかね。


仕事が終わって一息ついてから、夜の十時くらいだったといいます。
Aさんは再び車を走らせて、あのマンションの近くに着きました。
車を降りて、あの角を曲がったらマンションに続く一本道だ、ってところで、
向こう側から角を曲がってきた人とぶつかりそうになったんだそうです。


それは、スーパーのレジ袋を提げたお婆さんでした。


Aさん、その人を見た瞬間にウワッと鳥肌が立ったそうで。
あり得ないんですよ。あり得ないんですけど、
「あのお婆ちゃんだ」って思ったんだそうです。

あの日あの墓地のことを教えてくれたお婆さん。
その老婆が、あれから一日も歳を取ってない状態で、俺の前に出てきた。

Aさんはそう思ってしまったそうなんです。


急に怖くなって、Aさんは踵を返して走って車まで戻りました。
もうあのマンションを見に行こうなんて気は湧かなかったといいます。
そのまま車を発進させて、自宅へと戻りました。


次の日、Aさんは謎の高熱にうなされました。
昨日要らない冒険心を出したせいかな、と思ったそうなんですけど。
家で寝ていたら、いつもはクールな彼女が心配してお見舞いに来てくれて。
彼女に世話を焼いてもらっているうちに昨夜の恐怖心も和らいできて、たまにはこんな日もいいな、って思うほどには落ち着いたそうです。

夕方頃、寝室に様子を見にきた彼女が「ケータイがずっと鳴ってるよ」と言いました。
Aさんのケータイは玄関かどこかに置きっぱなしにしていたみたいなのですが、それがずっと鳴っていると。
Aさんは彼女にケータイを持ってきてもらって、メールの受信ボックスを開きました。


最初は、知らない人からのメールだと思ったそうです。

アドレス帳に登録されているメールアドレスからのメールなら、差出人に名前が出ますよね。
それがなくて、ただアドレスがそのまま記載されているだけだったので、知らない人からかなと思ったらしくて。

本文を開くと、「おう、久しぶり!」みたいな言葉から始まっていました。
「最近会ってないけどどうしてる?俺は~~」
そのメールには、差出人の近況を伝える文章が書かれていました。
それは特に何の変哲もない文章で。

Aさんはその内容を読んでいくうちに、差出人が誰かに気が付きました。
あ、この文章の感じ。

これ、あの家主だ。

あのマンションに住んでたやつ。

Aさんは大学を卒業した後、例の宅飲みにいた連中の連絡先をアドレス帳から消していたそうなんです。
でも受信拒否にしていたわけではないので、向こうからはメールを送ることができる。

メールは「また落ち着いたら会おうぜ!」みたいな文章で締められていました。
旧友に自分の近況を綴る、ごく普通の文章。


それと全く同じ内容のメールが、何通も届いていました。


よく見ると、それぞれのメールには画像が添付されていました。
画像が貼られる少し前には、「いやぁ、懐かしいなぁ!」という一文が添えられていて。


Aさんはそのうちの一通に添付された画像を開いてみました。


開いた瞬間、「あれ、これ自分が写ってるな」と思ったそうです。

スーツを着た自分が、カメラに向かって手を振っている。
暗いうえに画質も粗いせいで顔はよくわからないけど、このスーツは自分が持っているものによく似ている。
撮影者はどこか高いところから——たぶん、建物の四階辺りから——自分を見下ろしていて。
カメラの手前には青色の布が写っていて。

これ、建物の解体現場でよく見るネットだ。

これあのマンションだ。

たぶん、解体中のあのマンションから。
自分を見下ろしていて。


「いや!!俺行ってない!!!!」


Aさんは思わず大きな声を上げていました。
驚いて様子を見に来た彼女に、Aさんは上手く回らない口で事情を説明しました。
俺、ここには行ってないんだ。途中で引き返したから。
でもこれ俺なのかな。見て。

恐る恐る画像を確認した彼女も、断言はできなかったようなのですが。
というのも、その写真の人物は撮られる気がないんじゃないかと思うぐらい大きく手を振っていて、ブレまくってたそうなんです。
でもスーツの感じや背格好はやっぱりAさんに似ている。

「あのさ、なんでここだけ明るいのかな?」
ふと彼女が手を振る人物の辺りを指差して言いました。
たしかに写真が撮られた時間は夜のようで、周囲は真っ暗です。それなのに、その人物の周りだけぼやっと明るくなっていて。

その光源は何だろう、と考えたときに。

何となくAさんの頭に、
「撮影者の上から何人もの人物が懐中電灯で照らしている」
画が浮かんでしまって。


それが浮かんだ瞬間に、Aさんは届いていたメールをすべて消しました。
ちゃんと数えてないけど、同じのが八、九件は来ていたと思うとAさんは言いました。


「これがもし質の悪いイタズラだったとして……
こんなこと、全力でやる意味がわかんないんですよ。そんなの怖いじゃないですか。

でも、もしこれがイタズラじゃなかったら。
……そう考えしまう方が厭で。それからもう、考えないようにしてます」


翌日、Aさんは彼女と一緒に携帯ショップへ行ってケータイを解約したといいます。
メールアドレスも変更して、彼女のあだ名に「love」とか組み合わせた惚気全開のアドレスにして。
それからもう変なメールは来なくなったそうです。




この記事は、禍話インフィニティ 第二十九夜(2024/02/04配信)より忌魅恐NEO「墓に囲まれてはいなかった話」(45:02頃~)を再構成・加筆したものです。

記事タイトルはwiki(https://wikiwiki.jp/magabanasi/)からお借りしています。

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