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人形を取りに行く(禍話リライト)

その家には、人形を取りに行くよう頼まれていたのだという。


A君には、B君という小学校から高校までずっと一緒の友達がいた。
家も近所で、小さい頃からよく遊びに行かせてもらっていたそうだ。

B君の家には、彼の父方の祖母も一緒に住んでいた。
気さくな人で、A君が遊びに行くといつもキャラメルなどのおやつをくれたという。


彼らが高校生の時、そのB君の祖母が体調を崩して入院した。

きっかけは些細なことだった。家の中で転んだのが最初で、そこから坂道を転がるように悪くなっていった。

「年寄りの転倒と風邪は馬鹿にできないんだ、って。誰か周りの大人にでも言われたようなことをBは言ってました」

A君は当時を振り返ってそう語った。


ある日の放課後、不意にB君がこんなことを言った。
『うちのばーちゃん、そろそろみたいなんだよね』
本人も家族も最期を意識し始めるなか、病床の祖母がB君にある頼みごとをしてきたのだという。

自分が子供の頃から大事にしてきた人形を取ってきてほしい、と。

B君の祖母が育った家が、今もそのまま残されている。
そこには今はもう誰も住んでいないが、祖母の子供時代のものが保管されているらしい。
人形もそこにあるはずだから、持ってきてほしいというのだ。


『だからさぁ、今度の日曜、お前も一緒に来てくれない?』
B君に急に言われて、A君は少し面食らった。


「そういうのって普通……家族でやるもんじゃないですか。
Bのお祖母ちゃんには僕も可愛がってもらったけど、そんなとこまで出しゃばっていっていいのかな、って」


A君がそのようなことを言うと、『うちの家族忙しいからさ』とB君は答えた。
たしかに彼の両親は共働きで、あまり家にいなかったらしい。

聞けば、祖母の育った家はA君たちの家と同じ地区内にあるとのことだった。

『悪いな、お礼にメシも奢るからさ。時間かかりそうだったら途中でコンビニで菓子とか買いに行ってもいいし。そういうのも全部俺が出すよ』

そのB君の言葉に、A君は頷いた。
ちょうど予定もないし、近所ならいいか、と思ったのだそうだ。


その週の日曜日、A君はB君に連れられてその家を訪ねた。
どこにでもありそうな、ごくありふれた家だったという。
大きさや築年数も、B君の現在の家とさほど変わらないように思われた。

B君が鞄から取り出した鍵を、玄関の鍵穴に挿して回す。
カチャリと音は鳴ったが、そのまま扉を横に引いても扉は動かなかった。


「……要するに家の鍵が、開いてたみたいなんです。僕らが来る前から」


一瞬「?」が浮かんだ二人だったが、すぐに鍵を閉めてしまっていたことに気が付いた。
不用心だなぁ、いつから開いてたんだよ。そんなことを言いながら、二人で中に入る。


祖母の家はしばらく空き家だということだったが、A君が見たところ、綺麗に掃除はしてあるようだった。
そこは二階建ての古い一軒家だった。

人形はどこに保管してあるのかと聞くと、
『一階の奥がばーちゃんの部屋だったらしい。だからそこだと思う』
B君がそう言うので、A君は彼と一緒に一階の奥の部屋へ足を踏み入れた。


その部屋は壁一面が大きな収納スペースになっていた。
戸を開けると、中には思っていたよりたくさんの箱が入っていた。

どんな箱なのか、とB君に尋ねてみたが、彼は『知らない』と言う。
何も聞いてこなかったのか、と呆れるA君をよそに、B君は手当たり次第に箱を開け始めた。

やはり相当な数がある。
本人に確認した方がいいのでは、とも思ったが、さすがに入院中のお祖母さんに電話をするのは憚られる。

人形の大きさぐらい聞いていないのか、とA君が尋ねると、B君はふと思い出したように『じゃあ、これが参考になるかねぇ』と言って何かを取り出した。


それは一枚の写真だった。


「それが写真だって気付いたとき、当時の人形を写したものだろうな、って思ったんです。
たとえば、子供の頃のお祖母ちゃんとその人形が写っている写真とか……」


『こんな感じだよ』


そう言いながらB君が差し出したのはカラー写真だった。

それも明らかに最近プリントアウトされたような、真新しいもので。


写っている場所は、おそらく病院だった。
病室のベッドの上で、A君も何度も会ったことのあるB君の祖母が、体を起こして座っている。


「そのお祖母ちゃんの膝の上に……」


Bが、抱っこされてたんです。


A君は自分の体を抱きしめるように、腕をさすりながらそう言った。


差し出された写真を見て、A君は数秒間、いやもしかしたら数十秒ほどフリーズしてしまったという。


「その写真見せられた瞬間……すごい怖くなって」


A君は今すぐ帰りたい気持ちになったが、部屋の入口を塞ぐようにB君が立っている。

(……つまりそのくらいの大きさってこと、かな)
A君は無理矢理自分を納得させ、作業に戻るしかなかった。


その後も作業を続けたが、それらしきものは見つからなかった。
そもそも、子供時代のものと思しきものがその部屋には全くなかったのだという。

「大人用の着物とか、食器類とか、入っていたのはそんなものばかりで……」

このままいたずらに部屋を引っ掻き回すのも、お祖母さんに悪い。一旦出直して、どこにあるのかちゃんと聞いてからにしよう。
A君はそう提案した。もう帰りたいという気持ちも、正直あった。

しかしそんなA君を気にも留めず、B君は『二階にあるかもしれない』と言い出した。
もういい加減引き上げたかったA君は、
「でもこの部屋が一番可能性高いんでしょ?もしかしたら、もう捨てちゃったんじゃない?」
とりあえずB君を引き留めようと、思いついたことを口走った。

するとその直後、


『捨てるわけないだろ!!!』


突然B君が大声で怒鳴ったのだという。

どこでスイッチを踏んでしまったのか全くわからない、急な怒り方だった。


「ご、ごめん。急にどうしたんだよ……」
B君をなだめようとするA君に、
『捨てるわけないだろ。あんなに毎晩名前呼んでるのに』
B君は興奮した様子で言った。

「名前があるんだ?どんな名前……?」
A君が恐る恐る尋ねると、
金谷かなやさん』
とB君は答えたという。

ここで「金谷」というのは仮名だが、とにかくA君が言うには、日本人の苗字のような名前だったらしい。


「普通、人形の名前って下の名前じゃないですか。サチコちゃんとか、メリーさんとか……」


B君の話では、祖母は毎晩のように「金谷さんに会いたい」と言っているのだそうだ。
だから捨てるなんてありえないと、B君は言いたかったらしい。


『とにかく俺は二階を探してくるから』
そう言って部屋を出ようとするB君に、A君もついていこうとした。
しかし二階にはプライベートなものも置いてあるからと、A君は階下で待つように言われたという。


階段を上がって行くB君を見送りながら、A君はどうしたものかと考えていた。
B君の言動はあまりに不可解だが、もしかしたら彼も疲れているのかもしれない。

思い返してみれば、B君の家庭で誰かが大病したなんてことは今までなかったのだ。
一緒に暮らしてきたお祖母ちゃんの死期が近いと知って、B君も気が動転しているのだろう。

この家に居続けたくないという気持ちはたしかにあったが、B君の心情を思うと、このまま勝手に帰るのも悪いなとA君は思った。
でも、一人でただ待っているだけなのも怖い……
とりあえず何かをしながら気を紛らわそうと、奥の部屋で散らかしたままの箱を整理することにしたという。


おおかた部屋を片付けて、B君が戻ってきたらすぐに帰れる状態になったとき、ちょうど二階からB君の声がした。

『あった、あった!』

よかった、これで帰れる。
B君の声を聞いてA君はほっと胸を撫で下ろした。


B君の足音は、ゆっくりゆっくり階段を降りてくる。
どうやらその人形はかなり重いらしい。
写真のB君と同じくらいなら、たしかに重たいかもな。
A君はそう思って、階段の下まで様子を見に行った。


「……”それ”は一瞬しか、見てないんです。一瞬見えただけで、思わず回れ右しちゃったんで……」


A君は震える声で言った。


だから絶対”そう”だとは断言できないんですけど。


そう留保したうえで、A君は話を続けた。


当時、B君にはまだ小学生の妹がいた。
A君も彼の家に遊びに行ったとき、何度も会ったことがあったのだという。



階段を降りてくるB君が抱えていたのは、その妹だった。


「え!?」


先にも言ったように、A君はその姿がちらと目に入るや否や、回れ右してそのまま玄関から飛び出してしまったらしい。


自分が目にした光景の意味は一つもわからなかった。だから叫び声すら出なかった。
ただ「は?」とか「え?」とか言いながら、限界まで足を動かしてその家から走って逃げたのだという。
赤信号で止まったとき、不意に体の奥から何かが込み上げてきて、A君はその場に嘔吐した。


「……あの家にいた間、二階から物音なんてしなかったんですよ。
人がいたなんて、それもあんなに小さい子供が黙って息を潜めていられたなんて、到底思えないんです」


祖母の家から逃げ出したA君は、そのまま自宅に帰った。
B君から何か連絡があるかと思ったが、何もなかったという。

翌日は月曜日。B君には会いたくなかったが、学校には行かなければならない。

「だから僕、風邪を引こうと思って」

純粋というべきか生真面目というべきか、A君は昔とあるアニメで見た「学校をサボるために風邪を引こうとする話」の真似をしようとしたのだという。

アニメの内容を思い出しながら、早朝まだ日も昇らない時間帯に、A君は下着姿で外へ出ようとした。

そっと玄関へ向かうと、ちょうど早起きの父が朝刊を取るためにドアを開けるところだった。
見つかったらマズいと思い、咄嗟に洗面所に隠れる。

そのまま待っていると、またすぐにドアが開いた。朝刊を取った父が戻ってきたのだろう。
しかしその直後、「え!?何だこれ!?」という声が聞こえた。

父の声だ。いつも冷静な父にしては、珍しく慌てている。
気になったA君は、自分の恰好も忘れて思わず「どうしたの!?」と飛び出した。

A君の父はよほど混乱していたのだろう、息子の服装やこんな早朝に起きていることには突っ込まず、「これ!玄関!」と、玄関扉の外側を指差した。


A君が外に出て扉を見ると、ドアノブに何かが引っ掛けられていた。


「……ボロボロの、ビニール袋、でした。
ちょうど、長年段ボールの中とかに仕舞われてたやつって、こんな風になるかな、っていうような……」


その中に、どこかのスーパーだかコンビニだかで買ってきたような惣菜や菓子が、いくつも詰め込まれていたのだという。


「あ、これ、お礼だ……って思いました」


あいつのお祖母ちゃん家に行くのに付き合った、お礼。


A君は咄嗟に知らんふりをした。
まさかこの贈り物の差出人に心当たりがあるとは言えなかった。

父も「きっと不審者の仕業だ」と納得し、その食べ物には一切手を付けずに処分したという。

中身の惣菜や菓子は、いかにもお年寄りが好みそうなものばかりだった。



早朝の騒ぎで結局風邪を引き損ねたA君は、仕方なく学校に行った。
B君は欠席などもせず、いつも通りの様子で登校していた。
そして、まるで昨日の出来事は夢だったのではないかと思うほど、ごく普通に接してきたそうだ。

A君も態度を取り繕いながらも、さすがにB君と二人きりになるのは怖かった。
休み時間にも会話はしたが、必ずもう一人誰かクラスメイトと一緒にいるようにしていたという。


その日の放課後、A君、B君ともう一人の友達は教室に残って、他愛ない会話をしていた。
ふと、担任の教師が廊下から顔を覗かせた。

「おぉ、B。まだ教室にいたのか」
ちょっと、と手招きしてB君を呼ぶ。短く何か会話をした後、B君はすぐにこちらに戻ってきて、そのまま何でもないようにまた馬鹿話に加わった。

「あれ、今の先生の話何だったの?」
もう一人の友達が何気なく尋ねる。
その問いにB君は、本当に何でもないような、ごく軽い調子で答えたのだそうだ。


「『ああ別に、ばーちゃんが死んだだけ』
って、言ったんですよあいつ……」


それからA君は、B君と距離を置くようになり、今ではもう全くと言っていいほど付き合いはないのだそうだ。



B君は今も地元で暮らしているという。

——妹さんも、あれからずっと家にいるみたいなんですよね。

A君はそう話を締め括った。




この記事は、禍話インフィニティ 第十四夜(2023/10/07配信)より「人形を取りに行く」(51:21頃~)を再構成・加筆したものです。

記事タイトルはwiki(https://wikiwiki.jp/magabanasi/)からお借りしています。

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