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1.プロローグ

「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」

第2話 「明るい神様」

【今回の登場人物】
  立山麻里 白駒池居宅支援事業所の管理者
  明神健太 白駒池居宅支援事業所のケアマネジャー
  横尾秀子 白駒池居宅支援事業所のケアマネジャー
  徳沢明香 白駒池居宅支援事業所のケアマネジャー
  葛城まや 明神が担当する認知症の利用者

人は変われる
いい影響を与えてくれる人との出会いがあったなら

1.プロローグ

 東京都内、白駒池居宅介護支援事業所がある白駒池地域。
 名前を読むと,とても自然豊かな環境の良い場所を想像する。
 しかし、白駒池という名の池は既になく、その跡地には今はマンションが建っている。
 周辺住民にとって白駒池は、ごみが捨てられ悪臭や害虫の発生の場所だったので、池を埋め立ててしまおうという賛成者が多かった。
 池を再びきれいにして残そうというごくわずかな意見は、ごくわずかな意見として池と同じように埋められてしまった。
 そしてその埋立地には「白駒池マンション」が建設され、白駒池はその名前だけを地域に残していた。
 周辺は古くから住む住民の家と、古い家が取り壊された跡に建てられた新興住宅とかが入り混じっていた。
 古くから住む住民のほとんどが高齢者であり、時に新興住宅の若い世代の住民とトラブルが発生することもあった。
 旧白駒池近くの小さな公園には一本の桜の老木と六地蔵様が安置されていたが、小学校に通じる道路の拡張工事のため、桜の木は伐採され、六地蔵は小学校の裏庭の日の当たらぬところに移動させられていた。
 白駒地区は渋谷から少し奥まった奥渋地区に隣接していたが、この地域は丘と谷だらけの地域ともいえる。
 その丘にも谷にもぎっしりと家やマンションが建っているので、元の地形がどのようなもので、どこが最高地点で、どこが一番低い地点であるなどと言うことはわからない。
 わかるのは、やたら上り坂、下り坂が複雑に入り組んであるということくらいだろうか。
 そんな上がり坂も下り坂もある中腹のような場所に白駒池居宅介護支援事業所がある。
 誰かは上り坂の途中にあると言い、誰かは下り坂の途中にあるという。

 事業所には4名の職員がいた。
 元出身が管理栄養士である管理者の立山麻里、
 ベテランケアマネジャーの横尾秀子、
 新人ケアマネジャーの徳沢明香、
 そして唯一の男性の明神健太が働いていた。

 今回の物語の主人公は、この明神健太になる。
 2019年の夏前のことから物語は始まる。
 いわゆるコロナ禍に襲われる前年のことになる。


 明神健太は元々デイサービスセンターに勤めていたが、その後居宅事業所のケアマネジャーに転身、3年の経験があった。
 仕事は「そつなくこなす」タイプで、サービスの導入、ケアプランの作成、その後のモニタリング、そして毎月の訪問まで、テキパキとケアマネジャーとしての一連の作業をこなしていた。
 毎月の訪問は、「ハンコもらいにいってきま~す! 」と明るい声で出掛けていく明神だが、利用者の状況を深く見ずに、さっさと印鑑だけもらって帰ってきているだけではないかと、管理者の立山麻里は怪訝な表情で見つめることがあった。
 麻里からすると、そつなく淡々と仕事を進めていく明神に指導しにくいところがあった。
 そんな明神に変化が生じはじめる。
 明神は、認知症の利用者で独居生活を送る葛城まやの担当ケアマネジャーなのだが、いつも元気溌剌人間の明神が、ここ最近は葛城宅から帰ってくると、神妙な顔を浮かべるようになっていたのだ。

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