「魔機構獣生成未遂事件」

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「これって、報告書? 入れたらなんや出てくるンですわな。飲みもんとか」
「はい。そうです」
「その飲みもんって、ずっと持っとってもええの? いつまでに飲まなあかんとかあります?」
「30分以内に飲まないと効力を失うようです」
「……そう、30分ね……おおきに、助かったわ」
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 30分。それまでに全てを決め、実行せねばならない。

 今日、イヌイは先日の決闘を纏めた報告書を片手に、とあるマギアレリックが置かれた藁小屋へと足を運んだ。名をPfU-サングリアルSという。

『PfU-サングリアルS』
決闘の記録を投入することで勝者の願いを叶えたり叶えなかったりする巨大な箱(自動販売機)の形をした制御下にある異常
決して壊れることはない

 つい先日まで、イヌイはこのマギアレリックの存在を忘れていた。決闘なんて行うこともなければ、使用する機会など来ないと思っていたからだ。然し、彼に耳飾りを押し付けた人物__シャロンによってそれらは覆される。報告書の内容としては、現在所持している耳飾りの行方を賭け、簡単なボードゲームで1戦交えるというものだ。……結局、勝っても負けても結末は同じだったのだが。兎に角その決闘で勝利したイヌイは、このサングリアルの使用権利と、耳飾りを取得したわけである。

「えー……と? ここか? 入れるとこ」

 彼は一度ゆっくりと深呼吸し、大きく開いた投入口へ、報告書を差し込んだ。

「____どうか、あたくしを____」

 その箱からゴトリと音がして、中から1つの容器が排出される。同時に、1匹の蝙蝠が静かに藁小屋へと入り込み、彼の様子を観察し始めた。蝙蝠、といっても、その顔にあるはずの目は2つではなく、中央で1つになったものであり……現在、箱庭において数人が所持している、所謂『眷属呪詛』によって生成された生き物である。呪詛によって生成した生き物は術者の命によって活動し、生きている限りは視界の共有が可能だそう。つまり、この状況を覗きに来た者が居るということになる。然し、イヌイが気付く様子は微塵も無い。そのまま蝙蝠は藁小屋の天井へとぶら下がった。

「………………」

 サングリアルから出された容器を湯呑みのように持ち、藁小屋の中央にイヌイは正座する。余程決意の要る願いなのだろうか、時折蓋に手を掛けては辞め、手根で頭部を叩いていた。イヌイが端末型教師に確認をとったところ、消費期限は30分。その間であればいつ飲んでも問題ないが……その時間の3分の2が過ぎても、飲む気配は無い。容器を抱えたまま小さく蹲ったり、起き上がっては身体を揺らしている。眷属を使い覗き見していた者も、何かあったのかと疑問に思い、観察を続けつつ藁小屋へと移動を始めたようだ。
 そんな時、不図、藁小屋の前を通過した者が居る。仮面で素顔を隠し生活する、イヌイの同期生。ロベルトであった。彼はこの藁小屋の裏に植えた花の世話と掃除を日課としている。

「あ、イヌイさん、お疲れ様です。お掃除をしようと思ったのですが、後の方が良いですかね…?」
「……あぁ……どうも。ええよ、してもろても」
「ありがとうございます。では、失礼して…」

 地面から立ち上がったイヌイは出入り口へ向かってゆったりとした足取りで向かう。ロベルトも小屋内の清掃を始めるが、手に持たれた容器を見て気になったのか、世間話程度にと口を開いた。

「失礼ながら。イヌイさんは何をお願いしたのか伺っても?」
「……これ?」

 振り返ったイヌイは、軽く容器を見せて訊ねる。

「ええ。どこか思い詰めているように見えたので、気になりまして」
「……。」

 ロベルトが藁小屋に入った時からイヌイは普段と同じように振る舞った心算だったが、どうやら彼には引っ掛かったようで。訊ねられたイヌイは容器に視線を落とし、唯静かに立っていた。訊いたからにはとロベルトも手を止め回答を待っている。

「…………ま…………じゅうに……」
「…?」

 漸く口を開いたイヌイは、相手に届かない程の声で小さく呟いた。己の願いを再確認するように。

「……何て、仰いました?」
「……、……魔、機構、獣……なれるかな、て……」
「……ゑ?」

 もう1度と聞き出した願いは、自身を化け物へ変えようと試みるものだった。
 カラン、と、地と箒の当たる音がする。

「魔機構獣に…どう…して…」
「………………。」

 歩み寄って理由を訊ねてもイヌイは顔を逸らし、答える様子は無い。

「ごめんなさい。無理には聞きません。でも……確認させてください。決意は、堅いのですか……」
「…………わからんよ……そんなん、なんも……」

 決闘を終えてからひと月も経っておらず、かような計画も決闘直後に思いついたものだ。この願いが叶うかは定かではないが、少しでも可能性がある以上、死ぬ心算で飲まなくてはならない。そのためイヌイの中では、心の整理がついていなかった。

「……なれるかも、わからんし……なりたいンかも……なったら、何とかしたって……」
「……そう、ですか」

 ぽつぽつと話すイヌイを見て、ロベルトは黙り込む。今、どのような声を掛けるべきなのか、抑も慰めるべきなのか、説得するべきなのか、叱るべきなのか。齢13の彼には選ぶことはできなかった。そうして考えに考えた結果……

「ごめんなさい。私は魔機構獣になったイヌイさんと、戦いたくありません」

 それだけ言うと、瞬間、ロベルトはイヌイの持つ容器を掠め取り、藁小屋から飛び出した。

「は……? ぉい、待たんかい!」

 容器を取り返そうと、イヌイはすぐさま逃走した彼を追いかける。
 ロベルトによる、同期生の命を守る逃走劇……は始まらず、数秒で捕獲されてしまう。ロベルトは走ることが苦手なのであった。

「放してください! これをイヌイさんにお飲みいただくわけには…!」
「るっさい! 返さんかい!」

 そう言うと、イヌイは強引に容器を取り返す。然し、黙って許すロベルトではない。
「嫌です!」と、再びイヌイの手から奪い取った。

「持ってたとこで、なんにもならんやろ!!」
「それなら捨てるまでです!」

 取っては取られ、取っては取られ。まるで幼児の喧嘩のように、容器の取り合いが始まる。そのうち両者ともに容器を握った状態で硬直状態になった。

「あたくしが、どんな思いでもろたかなんか、知らん癖に……!」
「じゃあどうして尋ねた時に答えてくださらなかったんですか!」
「逆になんでスっと言うて思てんな!? 時間ないさかい離しや!」
「放しません! イヌイさんを……失いたくはありません!」

 2人の取り合いはいつしか口論になり。それでもどちらも食い下がらず、唯争っている。その時、ロベルトの頭に、先程まで天井にぶら下がっていた蝙蝠が留まった。視界の端に動くものを確認したイヌイはそれに目を向け、僅かに驚いた様子を見せる。蝙蝠は頭上に乗ったまま、その一ツ目をイヌイに向けていた。

「……なんね、それ……」

 先に記述した通り、眷属呪詛は箱庭において数人が会得しているものだ。加えて、こういったものの存在を知るには、とある条件を達成するか、会得した者から聞く必要がある。普通に生活しているだけでは出会うこともないだろう。イヌイは眷属を目にしたことが無かった。故に、その生き物に興味を惹かれてしまった。

「え? 私の頭に、何か…?」
「ちょい、危ない危ない……」

 髪に何か付いたのかと、ロベルトは頭を振る。彼の頭に生えた角が当たりそうになり、軽く避けながらイヌイは苦言を呈した。
 振り払われた蝙蝠は2人の頭上を飛び回り、依然観察を続けている。自前の探究心によりすっきり蝙蝠に気を取られたイヌイは、辺りを飛ぶ蝙蝠に目をやり、片手をそれに向けて差し出した。すると、大きな警戒心もなく、それはぺたりと手に留まり、再びイヌイを見つめだす。

「………………」

 蝙蝠の留まった手を徐ろに引き寄せ、確りと見つめ合ったところで、イヌイは容器を握っていた手を離し、狩りでもするように捕獲した。容器を奪い取ったロベルトは、それごと捨ててしまおうと遠くへ走る。その時、ロベルトの脳へ呼び掛ける声が流れた。

『ロベルトくんロベルトくん、こっちこっち』

 対象の脳内へ声を発さずに話し掛ける、念話魔法と呼ばれるものだ。声に呼ばれるまま、ロベルトは近くの木陰に向かう。そこに居たのは、眷属を飛ばした本人であり、イヌイに決闘という名の押し売りを行った者、シャロンであった。

「シャロン先輩、お疲れ様です。……どうしてここに?」
「いやあ、イヌイさんが何願うか気になって視てたら妙なことになってたから……えーっと、で、なんでロベルトくんがそれ持って逃げる羽目に?」
「イヌイさんは……魔機構獣になりたいと、仰いまして……」
「は!? ……あー……通りでしばらく躊躇いもしてたわけだ……」
「魔機構獣になったイヌイさんと、戦いたくなくて、それなら願いが叶わなければそうなることもないかなって……」

 容器を両手で強く握ったまま、ロベルトは経緯を話す。死の願いという予想外の願いを聞いたシャロンは驚愕した後、どうしたものかと軽く思案し、口を開いた。

「…………でもさ、それ本当に叶うかな?」
「……」

 どうやらシャロンは、先ずロベルトの説得からすることにしたようだ。叶うのかと訊かれたロベルトは暫し考え込む。

「分からないです。でも、万が一叶ってしまったら……」
「んー、意図は? 理由は? ちゃんと聞いたかい?」
「それは……まだ、教えていただけてない、です……」
「じゃ、まずそこからちゃんと聞かなきゃね? ただ隠したってなくなるわけでもないだろ? 俺も行くからさ?」
「うう……そう、ですね……」
「本人以外が飲んだらまた出てくるとかあったらそれはそれで面倒だしなあ……」

 この提案は無事に受け入れられたようで、優しく宥めるシャロンに連れられ、ロベルトはイヌイのもとへと戻った。願った本人はというと、捕獲した蝙蝠の身体を返したり羽を広げたりなどして、隅々まで調べている。己の探究心を満たしているところに、そっと、声を掛けた。

「イヌイさん……」
「…………なんです?」

 2人の存在に気付いたイヌイは、どこか機嫌が悪そうに返事をする。

「これ…ごめんなさい……イヌイさんの意図もちゃんと訊かずに……」

 軽く俯いていたロベルトは、奪い取った容器を差し出しながら、言葉を続けた。

「本当にどうして、魔機構獣になりたいなんて思ったんですか?」
「…………」

 あっさりと返された物を受け取らないまま見つめ、数秒。どう答えようかと悩んでいるように見える。

「それは……」

 最後に纏まった答えを告げようと、イヌイは口を開いた。その時。ロベルトの手の中で容器が大きな光を放つ。

「…ゑ?」
「あ?」
「……んん??」

 次の瞬間には、その場に居た3人ともが、地面に倒れ伏していた。
 __30分以内に飲まないと効力を失うようです__
 期限を過ぎれば無効になる、そこまでならイヌイは聞いていた。然し、その後どうなるかまでは聞いていなかったのである。お陰で、効力を失ったことにより爆発した容器に、3人仲良く巻き込まれてしまったのだった。

「けほけほ……」
「な、なんで……どうしてだい?」
「じ……時間過ぎたら、こうなるのやね……」

 吹き飛ばされた3人は、倒れ込んだまま各々で呟く。

「よ、かっ、たぁ……」

 爆発を1番近くで喰らったロベルトは、それだけ言うと気絶してしまった。正面から受けたイヌイも暫くしてから漸く起き上がる。シャロンもなんとか立ち上がり、服に付いた土を払った。

「ま、また新しいことが知れたよ……大丈夫かい? ふたりとも……」
「ええ、まあ……ぅゎ溶けとる……」

 巻き込まれたのは、3人だけではない。イヌイの手に握られていた蝙蝠も被害者であった。安否を確認すると、蝙蝠は手の中で黒く粘度のある液体へと変化していた。

「あちゃー……耐えれなかったか……」

 眷属を失ったことを惜しみつつ、シャロンは未だ倒れたままのロベルトに目をやる。どうやら暫くは目を覚まさないらしい。

「……あれ、ロベルトくん? ロベルトくーん??」
「……あー……」
「うぅぅ……イヌイ、さん……」
「やれやれ……あんまり彼に心配かけるんじゃないよ? イヌイさん」
「……知らんよ、そんなん……」

 仲を取り持とうとするシャロンに素っ気無い態度をとりながら、イヌイは起きない彼を抱き上げた。そのまま校舎内の保健室に向かって歩き出す。

「まーったく……なんでまたマギアビーストになんて……」
「…………。」

 長く黙り話さない彼に何度も訊ねる程、シャロンは心無いドールではない。唯隣を歩き、その返事を待った。次に彼が口を開いたのは、保健室に着いてからである。

「その方が……」
「ん?」
「……その方が……役、立てるやろ……」
「え、なんで??」

 シャロンはイヌイの回答が純粋に理解できず、更に深掘りしようと再び疑問を投げ掛ける。然し、その質問に答えが返ることはなかった。

「…………」

 イヌイは寝台に寝かせたロベルトを少し見つめた後、彼の身体を少し起こして抱きしめてやる。数秒経ちまた下ろすと、彼の身体にあった爆風による傷がすっきりなくなっていた。呪詛と同じく箱庭で数人が持つもの『蘇生奇跡』によるものである。使用すれば、肉体や精神の損傷を完全に修復してくれるらしい。

「……ほな、この子のこと頼んます」

 傷が癒えたことが判ると、それだけ言ってイヌイはさっさと保健室を後にした。

「あ、ちょっと! はあ......困ったもんだなあまったく」

 振り返らない彼を無理に追うことはせず、シャロンはロベルトが目を覚ますのを待つ。彼が起きたのは、イヌイが自身の根城へと戻った後であった。

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