「石取決闘」
8月13日。ガーデンにて開かれた学園祭も後半に入り暫く経つ頃。未だどの店にも足を運んでいないどころか、ガーデンに戻っているかも怪しいドールが1人、秋エリアに存在する公園の長椅子に、今日は座っていた。そのドールは、何をするわけでもなく、唯長椅子の上で空を見上げている。日の昇った頃からずっと。全く無為な時間が流れていたところに、遠くから差し込む声があった。
「公園って聞いたけど…………あ、いた! イヌイさーん!」
声の主は、シャロンであった。その声を聞くなり、イヌイの肩が微かに震える。それもそのはず。思考を無に押しやっていたことに加え、シャロンは北方からやってきたのだから。勿論、秋エリアへ北から入る方法が無いわけではない。が、何かしらで1度川を渡る必要がある。急いでもいない限りは大抵の者が徒歩で来るだろう。然し、今回はそうではなかった。
「……あら……えー……放送委員さんやね。どうも、こんにちは」
「やあ! しばらく寮内で姿見なかったから探しちゃったよ」
探した、と言いつつシャロンは長椅子に腰を下ろす。一瞬、他の者が接近したことに対し目を向けるイヌイであったが、直後には調子を取り戻した。
「探したんです? そら堪忍ね……ご用事やろか」
「ははっ、勝手に俺が探してただけなんだけどさ? なんとなーく、こういう相談はイヌイさんがいい気がして」
「……? なんやろ……あたくしが答えられるモンやとええのやけど……」
シャロンは持参した鞄を漁ると、小さな箱を取り出した。手のひらに乗るくらいの大きさだ。
「……それは?」
「いやほら、ピーチッグ討伐のあとに届いたものなんだけどね……」
そう言って、シャロンは箱を開き中身を見せる。中に入っていたのは、1つの耳飾り。金具には黄色い球体の飾りが付いていた。
「……はあ……これがねぇ……なんやどっかに付けれそうな感じやね」
「そう、ピアスって書いてあったかな……耳飾りらしいんだけど、実際の効果を持つのはこの飾りの玉の方みたいでね。これに触れるとえーっと……斥力?が働くとか……メモも入れてたよな……」
双方の間に箱を置くと、再び鞄を漁り始める。他者との間に物を置くのは心理的な壁を築いている現れらしいが、彼にそのような意図は全くないだろう。
「あったあった。
『えふえいちピアス-えすマット。飾りが触れている間、触れたものに斥力の性質を与えるピアスの形をした制御下にある異常。飾りは透き通った黄色い球の形をしている』
……だって」
「へぇ、お耳に着けるのやねこれ。お洒落なモンで。にしても斥力……触ったらえらいことなりそうやね……?」
「そうなんだよ……だから、すっかり扱いに困っててね。このスタンドごと箱に入れて俺も今まですっかり……」
「まぁ、使う時なかったら忘れますわな……触ってみたりしました?」
「ここに来る前に一瞬触れてみたはみたんだけどね? 少なからず着てる服は反発しなかったよ」
「服は無事なんね。ほたらええんか……?」
「魔術類も着てる服は一緒に作用するから、同じ原理とかなのかなあ……触ってみるかい?」
「…………ん?」
魔術についてシャロンが話し出した途端、箱の中を覗き込んでいたイヌイの顔が向けられる。無論、存在を知らなかったわけではない。
「……? どうかしたかい?」
「えー……と。服もいけるんです? 魔術……」
「え? いけるだろう? えーっと……」
そう言ってシャロンは当然のように獣化魔術を行使し、1匹の鼬へと変貌する。彼の言った通り、纏っていた布は1片も残されていなかった。確認が済むと、鼬は元の姿を取り戻す。
「………………」
「…………えっと、イヌイさんもしかして……?」
「……その……」
数秒、迷う素振りを見せた後、ふっ、と、イヌイの姿が衣類を置いて消える。長椅子の上に落ちた衣類は僅かな膨らみを残しており、それが動いたかと思えば、1匹の猫が顔を出した。
「…………なる、ほど?」
「……ニャーン……」
笑いを堪えている様子のシャロンを見て、イヌイは抗議の言葉を発する。然し、獣化魔術を使用している間は声帯までもその生き物になってしまう為、イヌイの喉から出た言葉はそのまま猫の鳴き声と化した。
獣の鳴き声を聞くと、無意識にシャロンの手がイヌイの頭部へと伸びる。愛でるように、慰めるように撫で始めた手を、猫は黙って受け入れる。嘗てイヌイが分配魔法を使用した際のシャロンのように、その身体は固まっていた。
「認識の違いって、あるもんな……うん……」
「…………。」
暫し、小動物を可愛がる時間が流れた。
「いやあ、イヌイさんも完璧ではないってことが分かってなんか良かった」
己の頭上から手が離れたことを確認すると、猫は服の中へと戻り、獣化魔術を解く。
「まあ、その……身体だけやと思っとったさかい……はは……」
「お互い新発見ってことで? さて……で、このレリックってわけだ」
「はい、はい……レリックな。ちょっと……触ってみます? ここで」
「んー……やってみるか……」
気を取り直し、シャロンの持参したレリックの効果を試そうと、その持ち主が慎重に耳飾りへ指を近付ける。全体どれほどのものなのかと、隣で座るイヌイも刮目していた。そうしてシャロンの指が丁度黄色い飾りを摘んだ瞬間、耳飾りを掛けていた箱が弾き飛ばされ、離れた場所に落ちる。合わせて辺りに散っていた落ち葉が動き、彼を中心にして地面に円を作った。これらの現象は、シャロンに発生した斥力によるものだろう。それに弾かれたのは勿論落ち葉や箱だけではない。
「ン゛ッ」
みし、と軋んだ音を出す長椅子と共に、イヌイの身体がズッと押し退けられる。意図しない力が掛けられたことにより、イヌイはそのまま椅子から落ちてしまった。
「外だと分かりやす……あっ、イヌイさん!?」
椅子から落ちたイヌイを助けようとシャロンが手を伸ばす。耳飾りを持ったまま。
「ちょ、ま゙っ、あ゙ーーー」
当然斥力は変わらないので、その手が近付くことにより、強制的に弾かれる。
「あっ! そっかごめん!!」
ころころと地面を転がるイヌイを見るなり、シャロンは慌てて持つ位置を飾りから金具へと移した。球体の飾りに触れない限りは、効果は現れないらしい。異常がないことを確認し、再びシャロンは地面に転がったままのイヌイへと歩み寄る。確りと起こした後に、飛ばされた箱も回収した。
「ぇ゙……えらい、効果やね……」
「ははは……やっぱり扱いに困るよねこれ……」
「そや、ねぇ……」
「だからどうしたもんかなあって考えてて……なんとなく、相談相手にイヌイさんが浮かんだってわけだよ」
「全部弾かれるのやったら、お水触りたない時とか使えそうやけども……」
「ああ、なるほど……ブルーの疎水よりももっと強力な……うーん……」
「とか、まぁ……お掃除……? 葉っぱもこないなるし」
「狙ったものだけならなあ……うっかり机にこれを直置きしちゃったりした日には……」
「あぁ、取りに行かれへんしなぁ。……や、頑張ったら触れるンか……?」
「すっごい頑張らないと行けない気がする」
マギアレリックとは、何も便利なものばかりではない。寧ろ扱いに困るようなものの方が多く、受け取る度に皆頭を悩ませるのだ。
「かと言って……こいつを壊してマギアビーストなんかにしたらどんなのが出てくるやら」
「変なモン出ても困るさかい……。……あ」
「ん?」
不図、何か思いついたらしい声がイヌイの口から洩れる。きっと良い案でも出たのだろうとシャロンが反応を示したが、それをイヌイが言うことはなかった。
「……いえ、何も。あんま使う時あらへんね〜って」
「そうなんだよなあ………………イヌイさん、これいる?」
と言ってシャロンは耳飾りの入った箱を軽く差し出す。冗談半分ではあるが、受け取られるなら引っ込めもしない雰囲気だ。
「えぇ? あたくし? ……や、や、悪いわ……ほほほ」
「あれ……思ったより悪くなさそう?」
「まさか、危ないですわそんなん」
「ふーん…………」
箱を引っ込めた彼はまた何かないものかと思案する。然し、今度はレリックの使い道ではなく、別のことを考えていた。
「まぁ使わんでも、なんとかなるやろし……」
「それはそうなんだけど……あ」
「ぅん?」
何やら彼にとっての名案が浮かんだようで、シャロンは長椅子に座ったイヌイへ向き直る。が、彼から出た提案は、全く予想外のものだった。
「イヌイさん、決闘しない? 俺と」
「け、決闘ォ??」
決闘。それは対立する者同士が、雌雄を決するために行うもの。然しこの世界では、決闘というものは案外簡単に発生するもので。グラウンドでさえ行っていれば、理由も報酬も何だっていいそうだ。とはいえそのような提案が来るとは露にも思っていなかったイヌイは頓狂な返事をする。
「俺が勝ったらこいつをイヌイさんに預かってもらう。イヌイさんが勝ったらこいつをあげる。…………だめかい?」
「は、はあ……よろしいけども……」
勿論良いわけがない。少し冷静に聞けば引っ掛かることはない言い換えだ。が、あまりにも突飛な話だったもので、考えるよりも先に承諾してしまった。
「……ン?」
「いいのかい!?」
「え、ええ……? はい……」
「じゃあ内容考えなきゃ、何がいいかな……ただの戦闘もしたばっかりだしなあ……」
「……ウーン……?」
何かが可笑しいと先程の条件を再び思い返すイヌイと、一緒に決闘の内容を考えてくれていると思い込んでいるシャロン。聞き直そうかとも思ったイヌイだったが、1度快諾した以上撤回するのも申し訳ないと心の奥にしまい込み、今度こそ決闘の方法を思案する。
「何かこう、ゲームとか……」
「え、えっと、ゲームでしたら、どっかで借りれますわな?」
「たぶん頼めば何かしら出てくると思うよ、ボードゲームだろうが何だろうがグラウンドでやらなきゃいけないけどね」
「そやね、何やってもグラウンドで。……どんなんがあるのやろか。聞きに行きます?」
「うん、いこうか。またアルゴさんあたり見つかると話が早いんだけどなあ……」
「……そう、やね」
アルゴ。その名前が出ると、少し、イヌイは眉を顰めた。それは現在、イヌイが今最も会うのを躊躇っている人物である。けれどもここで「会いたくない」などと口にした日には、問い詰められるのは目に見えていた。できれば遭遇しないようにとだけイヌイは願い、先へ行くシャロンを追い長椅子から立つ。そうして2人はガーデンへと戻った。
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「アルゴさんは……いないなあ……あ、センセーみっけ」
偶然か必然か、アルゴよりも先に見つかったのは端末型の教師だった。
「センセー! 決闘したいので何かしらボードゲーム貸してください、あまりルールが複雑じゃないやつ!」
「はい。こちらのボードゲームはどうでしょうか」
端末型の対応は非常に淡々としている。今回も、聞かれたことだけを答えてくれた。決闘の理由も、経緯も訊ねる様子はない。
「ありがとう、えーっとルールは……」
「説明書をどうぞ。使い終わったらまた呼んでください」
そう言って差し出したボードゲームのセットと説明書だけを置くと、教師はその場を後にした。渡されたゲームの名前は、マンカラである。決まった動きで駒を移動させ、最終的に多く駒を持っていた者の勝利だ。
「あ、はーい……本当、無機物だなあ」
「ま、ま、借りれたさかい、ええやないの」
「それもそっか。じゃあグラウンドの端でさっくりやろうか?」
「えぇ。やりましょやりましょ」
受け取ったゲームを片手に、2人はグラウンドへ出る。両者とも初めて目にするものだったので、じっくりと説明書を読む時間が設けられた。
「…………要するに、石取りゲーム?」
「多分……ちょい、何回かやってからにしましょか」
中略。
「……ほーん……おもろいね、これ」
「……うん、簡単だけど難しいの、いいね! そろそろ本番にするかい?」
「ええ、えぇ。やってみましょか」
「よし!じゃあ……」
こうして数度の練習試合を挟んだ後、平和的な決闘が始まった。先行となったシャロンは基本的な駒の移動を行う。
「俺からいくよっと……ほいほいっと……」
「はい、はい……まぁ最初やしな……」
「んーと……」
何度か試したことで慣れが生まれたのか、特に滞りなくゲームは進行される。1回の試合もそう長くはない。10分もしないうちに、平和な決闘は終盤へと差し掛かっていた。
「……これ、おもろいけども……最後、なんか作業やね」
「どうにもそうなっちゃうね……んん……これは……?」
最後の1つを移動し終えると、両者は自分の駒を数える。結果、僅かながらイヌイの方が多く駒を獲得していた。
「…………お」
「………あ、俺の負けかなこれは」
「そう、やね……これは。あたくしのが多いわ」
「それじゃ、あのレリックはイヌイさんのものってことで!」
「ええ。……あの、あん時の条件って……」
終わったことだしもういいだろうと、イヌイは先程抱えた疑問を口にする。
「ん? イヌイさんが勝ったら、あの斥力のレリックをイヌイさんにあげるってやつかい?」
「ああ、はい……ほんで、あんさんが勝ったら……」
「ん? ああ、イヌイさんに預かってもらう」
「……はい、はい……うん……」
「えっと、何かだめ……だった、かい?」
これは聞いた時点で別の条件に変えるべきだったのか、それとも何も言わず貰った方が良いのか、イヌイは軽く首を捻った。然し、今更言っても遅いことだと諦め、素直に受け取ることにする。
「いえいえ! 何も問題あらへんよ!」
「ほんまに、はい……」
「そうかい……? ま、まあついでにほら、サングリアルの使用権も得たってことで!」
「さんぐりある……て、なんでしたっけ」
サングリアル。とあるマギアビーストを討伐した後に設置された自動販売機型のマギアレリックのことだ。イヌイも存在自体は知っていたが、使用したことがないため、頭から抜けていたのである。
「え? ほら、神殿に設置されてるレリックだよ。決闘で自分が勝った報告書を入れれば願い事叶えてくれたりくれなかったりするっていう……」
「……ああ! あれな。……あれって、叶わんこともあるンです?」
「ああ、叶わないと美味しいジュースが出てくるらしい……俺はそれを飲んだことないけどね」
「……ほーん……」
願いが叶うかもしれない、その事実にイヌイは興味を示す。
「……ちょっとだけ、使い方聞いてもよろしい?」
「ああ、実際に見る? 説明だけでいいかい?」
「見れるのやったら見た方がええのやろけど、今願えるモンないやろ。聞くだけでええよ」
「そっか。決闘した報告書を書いた月だけが、願い事をする権利として有効だから気を付けてね? とにかく報告書を用意して、サングリアル……でかい箱みたいなレリックが藁小屋の方に立ってるから、そこに報告書を入れる。入れたら後は願い事を言って、出てきた飲み物を飲む。不味ければどうやら叶ったってことみたいだよ?」
「なるほどなぁ……ふん、ふん……飲むまでは、わからん感じなんやね」
「そうそう、そんな感じ。例としては……【レリックがほしい】は叶わなかったけど、【自分が忘れてる出来事を知りたい】は叶った、かなあ。あとは【いちごが沢山ほしい】とかはすごく極端な叶い方したし……【マギアビーストを呼び出してほしい】って願いは願った子のレリックが壊れることで叶ってたかな?」
説明を聞く中で、とある話がイヌイに引っ掛かる。同時に、それまで浮かべていた笑顔が薄れた。
「……確かにえらい極端やけども……作れるのやね、マギアビースト」
「え? まあ……そうなる、ね?」
「何も指定せんかったら、レリックから出たのやね」
「そう、だったね? たまたま持参してたレリックが真っ二つだったかな……」
「…………ほーん」
「……?」
顎に手を当て、イヌイは何かを考え込む。それを見たシャロンは、何か叶えたい願いでもあったのかと訊ねることも考えたが、今は止しておいた。
「ふふ、おおきに。ええこと聞けたわ」
「そう、かい? ならいいのだけれど……あ、忘れないうちにはいこれ」
「あぁ、そや忘れとった……」
「マンカラは俺が返しておくよ」
受け取った箱の中身を眺めて、暫し何も言わずに思考を巡らせる。そして
「……そや」
「ん?」
イヌイの中に、ちょっとした悪戯心が生まれた。
「ちょっと、こっち来てもらえます?」
「どうかしたかい?」
呼ばれるままに近寄るシャロンの前で耳飾りを取り出したイヌイは、それを自身の左耳に着け、軽く見せる。
「……どないです?」
「そっか、そういえばピアス? なんだっけ。いいんじゃないかな! 似合ってるよ!」
「そら良かったわぁ」
無垢な彼は興味津々に、飾った様をしげしげと観察していた。飾られた本人も少し満足気である。そうして十分に近寄ったところを狙い__イヌイは唐突に球体の飾りを摘んだ。秋エリアで飛ばされた時のように、斥力によってシャロンは後方へ弾かれる。
「ぉわぁあ!?」
為す術なく地面に転がったシャロンを見て、イヌイの頬が緩んだ。そして、尻もちをついたシャロンに向かって、態と飾りを持ったまま歩みを進めた。勿論、斥力はある。
「おわわわわちょちょちょイヌイさんんんん!?」
「ほほほほほ……よう転がるわ」
「なんでぇ……」
風に飛ばされたボールのように転がるシャロンを見て満足したのか、漸く指を離すイヌイ。彼の中で仕返しは済んだようだ。お詫びにと言わんばかりに、地面に伏した彼を優しく起こしてやる。
「あたくしも試してみたかったんです。はい」
「ははは……まあ、それもそうだよな……」
「ふふふ……堪忍ねぇ」
「やれやれ……ま、なんとかなるでしょ。んじゃ、返してくる! 付き合ってくれてありがとう!」
「はぁい、またね」
散らばったボードゲームを回収し、端末型教師に返却するためシャロンは手を振り校舎へと向かう。1人グラウンドに残されたイヌイは、軽く手を振り返しながらそれを見送った。
「………………」
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